担降り キンプリ。 【最近キンプリの担降り多すぎな件…汗】紫耀くんのあの発言かな…

ジャニーズファンの担降り、きっかけは?ブログを書きたくなる理由も分析

担降り キンプリ

タイトル見て反応してくれたキス担さん、もしいたらごめんなさい。 キスマイ関連じゃないので、興味ないわって人はブラウザバックで大丈夫です。 北山さんは一切降りるつもりはありません。 では本題に。 私はを担降りすることにしました。 もともとずっと申し訳ないって思ってたんです。 このアカウントはキスマイごとしかつぶやかないし、でキンプリについてみるときはいつも悪いことばっかりで。 キンプリのCDは買わないし、映画とかも見に行くわけじゃなくて。 そんなんで自担っていっていいのかなって。 ティアラなんて言えるほど熱量もないし、申し訳ないなって。 私の中でずっと担降りするタイミングを見計らっていました。 でも、小学校から好きで、簡単にもう降りるって言えるほどの感情じゃなかったんです。 もう担降りするし、ずっと心の中にあったモヤモヤをすべてここに書き出しますね。 私は小学生の頃から神ちゃんが好きでした。 まだ雑誌でもPrinceっていう括りじゃなくて、じぐいわ、Wゆうた、C3、嶺亜・宮近・颯・岸くんそんなメンツで雑誌にのっていました。 きっと私はあの頃の神ちゃんが一番好きでした。 ジュニランとかで風磨とか勝利とか今でいうのメンバーと絡んだり、安井くんとかと楽しそうに笑ってて。 あぁ純粋にみんなといっしょにいるのが楽しいんだろうなって。 そんな神ちゃんを見るのが私の幸せでした。 そこからもデビューしたし、Princeができたり、いろんなことがありました。 でも私は、"ジャニーズ"という枠から一回離れたんです。 歌い手さんという全く別のジャンルが好きになって、そこからハニワとかいろいろなジャンルを知りました。 その流れで、が加速して、そんな私をジャニーズに戻してくれたのが今の自担様、でした。 私がジャニーズから離れたときにいろいろありました。 いつの間にか vs Mr. Prince というグループができて、いつの間にかMステにも出ていました。 ジャニーズに戻ってきたときには私の知らない人になっていました。 お兄ちゃん組もいるのに、舞台で座長を務めるようになっていたし。 私はKingについて何も知りません。 まいジャニで平野とれんれんはちょっとだけ知ってたけど、海ちゃんについては何も知りません。 完全にKingに対しては、にわか以外の何物でもありません。 だけど、何も知らないまま、また別のグループとしてとPrinceとして別々に活動するようになって、結果的に今もKingに対しての知識はほとんどありません。 純粋に私はあぁよかったって思ったんです。 3人でまた活動する姿が見れるんだって。 じぐいわと岸くんみたいなあの面白い感じが見れるんだって。 それにPrinceってどの組み合わせも違和感がないと思うんです。 どの組み合わせを見てもほっこりするし、笑顔になれる。 そんな3人が大好きなんです。 正直3人でデビューしてほしかった。 というか神ちゃんたちは3人でデビューしたいってそう思ってるって思ってました。 デビューが決まったとき私は喜びもあったけど、6人でということに驚きを隠せませんでした。 私のジャニオタの始まりは、アラシックの長女に影響されて、嵐の番組をひたすら見ることでした。 姉が2人出てきますが、基本的には次女のほうが出てきます。 でもこれは今みたいにのめり込む感じでもなくて、ただスキー!って感じでした。 まぁ本格的にジャニオタになったのは2012年、姉がのPVを見ていてそれを一緒に見たときに、Jr. が気になりだして、一番惹かれたのが神ちゃんでした。 そこからジュニランやのライブDVDなどひたすら神ちゃんを見ていました。 ですが、いつからか神ちゃんに冷めてきていました。 その時期にちょうど、ジャニーズの枠を離れました。 一言でいえば他界隈にいきました。 そこで新たな推しに出会い幸せでした。 彼が好きだというものを知っていく喜び、好きなものを共有できる幸せ。 たくさん感じることができました。 今でも前の推しはまだまだ無名さんです。 ですがその近い距離が私には心地が良くて幸せだったんです。 いつからか、神ちゃんのことを考える時間よりその推しを考える時間のほうが長くなっていました。 そんなときでした。 姉にキスマイのライブに誘われ、2回目のライブで完全にという人に沼落ちしました。 そこからです。 元推しの今まで目をつぶっていた悪い話が浮上しだし、気になるようになって、いろいろあり完全に冷めました。 ですがふとした時に夢にでてきて、うなされるほど、私には降りることに罪悪感を感じていました。 それがなくなった頃、きっとという人にのめりこみ始めた頃、キンプリのデビューが決まりました。 神ちゃんは3人でデビューしたいと思っていると思っていました。 今まで神ちゃんに冷めていた人間が何をいうと思われるかも知れません。 ですが、どうやっても6人でのデビューに納得できなかったのです。 また、あの平野のゴリ推し感がどうしても嫌で、さらに神ちゃんから離れる原因となりました。 伝わるかはわかりませんが、私の中で神ちゃんのメンカラは紫で止まっています。 今紫と聞くと真っ先に岸くんがでてきますが、前までの私はそれは神ちゃんでした。 とまぁ、結局私は昔の神ちゃんしか知らずにずっとそうあってほしいと願っていただけなのです。 今の神ちゃんを知ろうともせずに、昔好きだった人の話をダラダラしてしまいました。 担降りなんてする日が来るなんて思っていませんでした。 神ちゃんのことを離れる日が来るなんて思ってもいませんでした。 何故かこれを書いている今涙が止まりません。 あんなに離れていたのに。 あんなに冷めていたのに。 あんなに北山さんで頭がいっぱいだったのに。 なんでだろ。 ほんとに涙が止まりません。 担降りするってこんなに辛いことなんですね。 でも私はどうしても6人に納得できませんでした。 今ある玄樹がいない5人の姿をずっと見続けることが無理でした。 今年ライブに行かせていただいたんです。 約3年ぶりの神ちゃんでした。 めっちゃくちゃかっこよかったです。 相変わらず優しくて歌がうまくて。 大好きな神ちゃんがそこにはいました。 平野を始めKingを生で始めてみました。 当然のようにかっこよくて、推される意味がわかりました。 それでも私は納得できなかった。 わかってるんです。 玄樹がいない今がメンバーは平気なはずはない。 でも玄樹がいない5人で成立しているような気がして。 そう感じてしまう自分にも嫌気が差して。 もう無理だ。 そう思いました。 なので、このタイミングで担降りすることにしました。 だいっすきでした。 たくさん幸せをもらいました。 神ちゃんがでていた雑誌をチェックしたり、テレビを見たり。 神ちゃんが笑っているだけで私は幸せでした。 またテレビで見かけたら、次はこんな気持ちじゃない状態で見れるかな。 とにかく大好きでした。 今までとは一歩遠い場所から応援しています。 約7年間ありがとうございました。 Haana0917.

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担降り キンプリ

これは前提として中学1年生から高校2年生まで、とを全く同じ期間かけ持ちし、そして最終的に顕嵐くんとを取ったヲタクが、岩橋くんを降りること、FCを引き継がないことを決めた記念に書くブログです。 たくさん幸せにしてくれた岩橋くんへ、大好きとありがとうと、少しの罪悪感を込めて書く担降りのブログです。 担をしている人の大半は、自担のデビューを望んでいると思う。 ジャケットに自担の載ったCDや、個人団扇、形の凝った公式ペンライトとか。 ジャニヲタが前提であるJr. 担であれば、そういうものに憧れると思う。 ガキながらわたしもそうだった。 岩橋くんの歌うCDとかライブDVDとか、ドーム公演だとか、Jr. じゃどうしても叶えられないいくつか夢をデビューに託していた。 彼らを通して見たい景色が両手じゃとても数え切れないほどある。 2015年 vs Mr. Princeができた時、正直このまんまデビューするのかなって思った。 WESTデビューの翌年で、しょうれんは関ジュだし、関西推して行きたいのかなあとか呑気に考えていた。 6人は華があってキャラが濃くて仲良しで、まるで二次元から飛び出してきたアイドルになるべくしてアイドルをしているって感じ。 アイドル育成ゲーム得意じゃなくて続かないんだけれど、キンプリ6人に当てはまるキャラ、大体いる気がする。 このままデビューかなあ、だったらいいなあ、6人の世界楽しいなあ。 きっとそれはわたしが初めて岩橋くんに会えたのが、その年のEXのキンプリ特別公演だったのも大きいかもしれない。 それまでほとんどずっと一緒の括りにいた、大好きなじぐいわきしが離れることも無く、KINGとPrinceは別のグループであってそうではないような、そんなグループ形態がすごく安心感があって好きだった。 わたしの好きな3人はずっと一緒。 そこに更に強い仲間が加わった感じ。 デビューして欲しかったし、報われて欲しかった。 けれどvsはたくさんの噂を生んで、ついぞデビューすることはなかった。 それどころか気付いたらKINGとPrinceは全く別のグループになっていた。 確かに一気に色んな希望が散って絶望もしたけれど、だけどじぐいわきしは離れなかった安心感の方が大きくて、思えばこの時からわたしは変わることに慣れてなさすぎたのかもしれない。 vsとして活動していた時は6人がよかったのに、いざ離れてみれば、やっぱりグループ名を貰った元の3人のファンでいる方が居心地がよかったのも事実。 矛盾してるけど。 それからデビュー決定までの2年半、本当に楽しかった。 写真集や雑誌のページ数の差や思うところは色々あったけど、でも3人だけのオリジナル曲や衣装、。 わたしに何ができたってわけじゃないけど、ファンが送った愛を何倍にもして結果で返してくれるグループだった。 全部全部宝箱にしまって、時々取り出して眺めて浸りたい思い出ばっかり。 きらきらの飽和。 可愛くてかっこよくて愛しくてあったかいPrinceワールドが大好きだった。 PrinceがPrincessって呼んでくれること、言葉の意味を考えると恥ずかしいんだけど、でもPrinceとPrince担を繋ぐ合言葉みたいで本当に好きだった。 そしてついに念願のデビューが決まった。 デビューは突然やって来るって本当にそうなんだなあと思った。 あの時わたしは甘いものでも食べに行こうか〜と、放課後友達と教室で駄べっていて、のタイムラインに突然洗われたキンプリデビューの文字にケータイを投げた。 確かに特別イベントやらの案内は来ていたけれど、田舎者なので都内イベントに急遽行けるわけがないし、きっとアイランド終わってからまた新しい現場の発表か何かかな、スパン短いなあ、なんて思っていた。 デビューって言葉を反芻して咀嚼して飲み込んで、じわじわ込み上げる喜びに、思わず隣にいた友達を抱き締めた。 「玄樹がデビュー!!!Princeちゃんがデビュー!!!」って叫びながら、最高の気持ちで食べたあの時のファミレスのパフェ以上に美味しいものを、わたしはまだ知らない。 でも元は同じだったとはいえ、離れてしまった2組をその時点では同じグループとしては考えられなくて戸惑った。 あの2年半でもPrinceもそれぞれ違う方向の個性と魅力を身につけてて、確かに一緒になったら爆発的なものがある。 キントレのキンプリハイビ合同公演に入ったわたしは、その時心底実感した。 だけど同じグループにもう一度戻ったこと、上手く飲み込めてはいなかった。 嬉しさで浮かれてて、少クラや雑誌はまだ別れたまんまだったから、あんまり深く考えないことにしてた。 もう一生「Prince」というグループを見られなくなるという現実のことを、見ないようにしていた。 一度知ってしまったPrinceを応援する幸せを、Jr. である彼らを応援する喜びを、もう一緒経験できないことをもう少しきちんと理解しておけばよかったなあ。 それにしてもデビューって本当にすごい。 FCのお金を払う時手が震えた。 あの日は学校から帰って家に着いたら、FCが発足していた。 夜寒い中自転車で郵便局まで行って、何回も番号を間違えながら決済して、無事に局の岩橋くん名義全てが「ファンクラブ」の名義に変わった。 デビューシングルが発表され、テレビにたくさん取り上げられて、念願だったに出演した。 メンカラ変更は寂しかったけど。 ZIPではレギュラーコーナーを貰って、一気に認知度が上がった。 たくさんの音楽番組で彼らの姿を見れて、CMまで頂いた。 誇らしい誇らしい。 ただただ邁進する彼らが、自分の事のように誇らしかった。 たくさんの人に褒めて貰えてるって嬉しかった。 キンプリのピンク、最高でしょ?わたしの自担なんだよ!わたし12歳の時からその人のことがずーっと好きなの!彼キラキラでしょ凄いでしょ!ってご近所中に叫んで回りたかった。 シンデレラガールはとんでもなく売れて、わたしも初めてCDを全形態複数枚ずつ買った。 スイートガーデンとやらが東京に出来て、行けないけれど友達に代行を頼んだ。 の時は供給に飢えていた。 テレビには滅多に出ないし、雑誌もページ数が多いわけじゃない。 も低くて、Jr. が好きって言うと白い目で見られることも多々あった。 いつか干されるかも、きっとないと思うけれど退所するかもしれない。 そんな不安と常に隣り合わせだった。 だからこそ不安定なJr. から、誰もが知っているジャニーズになる瞬間を、この目で見て驚愕した。 毎日毎日インスタやのTLにキンプリが増えていく。 音楽番組やバラエティや、そういうのにハートマーク付きで「かっこいい」って投稿するリア友が増えた。 デビュー後ってやっぱり本当に新規ファンが爆増するんだなってびっくりした。 嫌とかでは決してなくて、心からびっくりした。 その時本当にデビューしたんだって思った。 ちょっと寂しかった。 大きくなる彼らに嬉しい一方、きっとその子達がもつキンプリ観と、わたしのもつキンプリ観は同じものを見ていても絶対に違うから、そこの乖離は逃れられないから、あまり関わることはしなかった。 その辺から少しずつ少しずつだけど、自分でも分かる心に陰りが現れた。 何の番組だったかなあ。 キンプリは全員Jr. 歴が10年近く、苦労したって紹介していた番組があった。 10年?確かに岸くんは9年、じぐいわは8年だから10年近くって言えるかもしれないけれど、海人は5年だよね?5年間のことを10年近くって言っていいの?ってなって、そのまま録画してるからいいやと消してしまった。 キンプリを苦労したアイドルに仕立てあげたいの?って純粋に疑問だった。 新進気鋭のジャニーズグループでいいじゃないか。 全員メンカラレッドが似合うセンター気質の6人が集まったミルチームでいいじゃないか。 確かに苦労はあったけれど、それはファンになって調べれば分かることで、彼らを始めてみる人がたくさんいるテレビで紹介されるときくらい、キラキラだけのスーパーアイドルとして紹介してよ。 わたしは苦労も涙もそんなもの全部包み込んで、ピカイチに笑って一心不乱にパフォーマンスして、全てをステージで伝えてくれるキンプリが好きだから、そんな後ろ向きな前フリいらないよ。 だけどそんなひねくれ曲がった捉え方をするのなんてわたしくらいだろうから、その時はその感情をテレビを消すことに任せて飲み込んだ。 それからFC数がどんどん増えて行って、ファーストコンが発表された。 申し込む前から分かってる恐ろしい倍率。 彼ら6人のファンの数がJr. の時より明確に分かって、尚更怖かった。 わたしは友達と協力して、どうにかして行きたい公演全てのチケットを抑えることが出来て安心した。 浮かれて、みんなも割と当たってるんだろうか、確かに当たらなかった名義もあるけれど、思いの外倍率低かったのかな、なんて思いながらを開いたら地獄絵図だった。 阿鼻叫喚。 それこそわたしも悔しい思いをした、湾岸や公演を思い出させるTLだった。 キャパ、全然違うのに。 わたしの友達でキンプリを好きな人はみんな、Jr. 時代から自担のことを応援してきた子達だ。 そんな子達が、FC会員番号数も1桁万台のはずのみんなが、外れた、全滅した、と泣いていた。 残酷だった。 恐る恐るで検索してみると、ツアー決まってFCに入ったけど当たった!というツイートを結構見かけた。 正直、正直ね。 局からの引き継ぎ名義は優先的に当選すると思っていた。 だからわたしも当たったんだろうと。 でもわたし運が良かったんだね。 知らずに喜んだ自分が恥ずかしいとすら思ってしまった。 事務所が新規ファンを離したくないのは分かるし、そういう方針なのかと納得した一方で、せめてファーストコンだけは、デビューして初めて大舞台に立つ彼らだけは、Jr. 時代から支えてくれたファンに立ち会わせて欲しかった。 それが終わったら平等でいいから、って。 自分は当たってるんだし、複数公演入れるんだから、偽善者振って同情するなと思うかもしれないけれど、それとこれとは話が別だった。 色んな思いを抱えて迎えたファーストコン。 わたしは名古屋と福岡に入ったのだけど、すごくすごく楽しくて、夢の国だった。 けれど同時にとんでもない切なさや虚しさに襲われた。 サマステやハロハルやプリプリを踊っている人、本当に少ない。 会場が広いからそう思うだけかもしれないけれど、首を傾げて苦笑いでペンラを振る人が多かった気がする。 それとただの1度も岩橋くんがPrincessって言わなかった。 まあこれは当たり前のことなんだろうけど。 ティアラって新しい名前、岩橋くんらしくて素敵だよ。 大好き。 だけど何よりもわたしはPrincessにし過ぎている人間だから、突然現実に頭を殴られた気分だった。 もう一生呼んでくれないんだ。 Princessって呼んでくれることはないんだ。 お姫様にしてくれないんだ。 って思ったら、永遠に涙が止まりそうになかった。 きっと彼はティアラという名前を通して、またお姫様にしてくれるし、あの時よりもっと素敵な景色を見せてくれるんだろうな。 だけど現実って残酷だ、悲惨だ。 そしてわたしは我儘過ぎる。 自分でもあんなに望んでいたデビューによくもまあこんなに不満をもてるなと思った。 だけど仕方ないじゃん。 岩橋くんのことも勿論何より大好きだけど、同じくらいPrinceのことが大好きだったから。 ユアプリ聴いて、これがラストかもって思ったらまた泣けたよ。 入った公演全てで泣いた。 Prince3人でオリ曲歌ってくれた時、全部泣いた。 いろんな感情が入り交じって無理だった。 衣装これが生で見れるの最後なのかなって思ったら、ゾッとした。 それとこれは愚痴みたいな、吊し上げみたいな感じに聞こえるかもしれないんだけど、名古屋公演の時、後ろの席の女の子達が、お揃いの真っ赤なワンピースを着た中学生くらいの子達だった。 化粧っ気がないからそう思っただけで、高校生だったかもしれない。 団扇は全員平野だった。 MIXTUREの時、後ろの子達が「これ新曲?」って言っているのが聞こえた。 寝耳に水とはこのこと。 知らないの?って、MIXTUREだよ知らないの?ってなってしまった。 新規の子が悪いわけじゃない。 全てを知ってこいだなんて思っちゃいない。 そんなのこれから知っていけばいいんだから。 みんな最初は新規だもの。 だけどMIXTUREを知らない子がこうやってコンサートを楽しんでいて、勝つんだWINをオリ曲として貰った時から、彼らを見てきている友達がこの場にいないことが、何とも気持ち悪く思えてしまった。 恙無く昔から仲のいいヲタク友達と駆け抜けたツアーは、楽しい思い出と到底受け入れられない虚無を残した。 念願の個人団扇、可愛いペンライト、グループのフォトセ、ツアーバッグにはPVCキーホルダーと真夜プリのピンクのP。 銀テも飛んで、ツアーロゴと自担のメンカラの銀テをゲットした。 やオブジェと写真を撮って、福岡では自担の口からジャニフワぶりにわたしの地元の話を聞いた。 そうやって、夢であった自担がデビュー曲を引っ提げて大きなステージに立つコンサートツアーにて、やりたいことが全部できた。 それなのに心から楽しめない部分を作ってしまった自分が情けなくて、嫌で嫌で、少しだけキンプリから離れることにした。 テレビは見るし、雑誌も欲しければ買うけれど、前よりも少しのんびりにしようと思った。 どこがのんびり?ってなるかもしれないけれど、気持ちの問題。 無理に真剣に向き合うのをやめた。 デビューしてから何となく避けていたJr. 時代の雑誌や録画を見る時間の方が長くなった。 最初に言ったようにわたしはと掛け持ちしていたんだけれど、キンプリとラブの今の状況の雲泥の差に心が疲弊していた部分もある。 恵まれまくっているのに上手く見ることのできなくなったキンプリと、全ての供給が絶たれかけているのに変わらずまっすぐ楽しく見れると。 お前の都合じゃんって思うかもしれないし、実際その通りなんだけど、それでもでもね、キンプリとラブちょっと前までは一緒に笑ってたんだよ。 同じステージで、スタジオで、何なら結成前から一緒に笑ってたの。 違うグループなんだから、道を別にするのは当たり前なんだけど、もしもわたしが好きなのがだったらこんなことにはならなかったと思う。 Princeとをかけ持ちしていた人がどれほど居たか分からないけれど、兎に角その露出の差に気持ちが引き裂かれて、勝手な都合で掛け持ちしているくせに、そこもきつくなる原因になった。 そうやってキンプリから離れて、過去を見返して過ごしていた頃、が始まった。 その時のわたしにドキュメンタリーを受け入れる余裕がないのは分かっていたから、見なかった。 怖かった。 わたしが思いがけず置いていかれてしまったデビューに、当たり前に彼らはすごく前向きなんだろうな。 見たら死ぬんじゃないかと思った。 その頃はもう少クラも見なくなっていて、最新のキンプリはちょうどその頃始まった部ダメしか目にしていなかった。 部ダメは素直に嬉しかった。 原作も読んで、じぐいわしんかいのイツメンがドラマ上でサッカーしてるの、すごく可愛くてわちゃわちゃしてて、好きだったし毎週の楽しみになってた。 そうやって良くいえばキンプリから離れて、実際には現実に蓋をして過ごして、そして活動休止のメールが届いた。 頭が真っ白になった。 パニック障碍。 それ自体にはあんまり驚かなかった。 そうか、岩橋くんはそれでも笑ってくれてたんだなって涙が出た。 そして活動休止することになっても、アイドルを辞めないでいてくれるんだな、一生アイドルは嘘じゃないんだなって。 恥ずかしいなわたし。 わたしよりよっぽど苦しいはずの岩橋くんは、きっと今頃いつもの笑顔でアイドルを全うしてくれているはずなのに、自分のことばっかり。 わたしはうじうじうじうじ過去に縋りついて、今を生きるキンプリにわたしがファンでいる需要はあるんだろうかと思ってしまった。 寂しいやら情けないやらで大泣きした。 もう何の為に泣いているのかよく分からなかったし、自担が病気療養する心配よりも、自分への情けなさが先行するのも酷い話だ。 ますますドツボに嵌ってしまったわたしは、ついに表舞台に自担が1人もいなくなった。 に所属はしているものの、わたしと彼らを繋ぐものは最早それしかないと言えた。 そもそもアイドルとファンを繋ぐものなんて、実際はお金くらいしかないんだろうけど、それでも精神的な何かが切れてしまった。 ふらふらと1ヶ月を過ごし、あんまり記憶のないうちに、が全員退所した。 神様がジャニヲタ辞めろって行ってるのかなって何となく思った。 初めて言わまいと思っていた担降りという言葉が頭をよぎった。 それでもまだ担降りに抵抗があって、だってわたしのたった17年間生きてきた中で4年半も好きだった人を、そんな簡単に降りられるわけがない。 悩んだ。 いっぱい悩んでいっぱい泣いた。 そんなある時クラスメイトの新規の岸担の子と話す機会があった。 その子は普段一緒にいるグループが全然違ってあんまり話さない子だったのだけど、実習の席が隣だった。 ストーリーやツイートに度々岸くんが登場してるのは知ってる。 仲が悪いわけじゃないけど、その程度の子。 あんまりキンプリの話振られたらやだな、なんて思っていたら案の定振られた。 「ねえキンプリ好きやったよね?いわち?」苦笑いで頷いたらだよねー!と言われ、それから怒涛の岸くん語りを聞いた。 「岸くんがPrinceなこと初めびっくりしたんだよねー!Princeって可哀想なグループって感じじゃん?名前もあとだし、じぐいわって仲悪いしさ。 それ知ったら岸くん努力して頑張ってデビューまで来て、めちゃくちゃすごくてますます好きってなったよね!」 何にも理解できなかった。 ごめんけど、何も意味が分からなかった。 Princeを可哀想なグループなんて思ったこと、ない。 1回たりともない。 考えたことすらなかった。 彼らのどこが可哀想なの?じぐいわが不仲だったこと、わたしが見てきた中ではただの1度もない。 最近のじぐいわは不仲なの?嘘だあ、岩橋くんが活動休止するまで彼らはずっと仲良しだったよ。 不動の絶対シンメだよ。 そりゃあ喧嘩やすれ違いもあったけれど、そんなのを不仲に入れてたらみんな不仲だよ。 岸くんだけが努力したんじゃない。 6人とも同じだけ努力してここまで来たよ。 タレントだけじゃなくてファンの力も大きかったよ。 確かに岸くんは群を抜いて一生懸命な人だから、ストイックで努力家な部分が取り沙汰される人だけれど、それでもみんなで頑張ってここまで来たんだよ。 全部飲み込んで、「Princeは可哀想じゃないし、じぐいわは仲良いと思うよ」って言うので限界だった。 FCも入っていない、ほんのここ3ヶ月の彼らしか知らない彼女に、気遣いなんてしなければ良かった。 今なら思うけど、その時のわたしはそれしか言えなかった。 きっと彼女は何かとんでもないネットの情報に踊らされてるだけだと信じたかったし、わたしの言葉で彼女の岸くんへの好きを少しでも壊したら嫌だったから。 新規の子が見ているキンプリと、わたしの見ているキンプリは、きっとまるで違う。 それをネットの情報と仮定して、鵜呑みにして彼らを見ても何の疑問も抱かないのなら、もう本当に全くの別物だと思った。 けれどそれで漸く決心が着いた。 よし、ヲタク卒業しよう。 小3から続いた8年間のジャニヲタ生活に終止符を打とう。 もうきっとわたしに、キンプリを好きって言ってもいい資格はない。 岩橋くんが帰ってきたら、また好きが溢れてうだうだしちゃう。 でもわたしが好きなのはきっと今ではなくて過去だ。 今の岩橋くんが昔と何も変わらずあんまり綺麗に笑うから、錯覚してしまっているだけだ。 もう彼の可愛いお口が、Princessって呼んでくれることはないのだから、わたしはここにいちゃいけない。 亡霊は帰らなきゃ。 古参とも言えない、だけども新規ではない、微妙な立ち位置のわたしが言うのも変だけど、わたしに新規の子を受け入れるのは少し難しいみたいだった。 それなら過去に縋って好きだなんだ言ってないで、早々に立ち退いた方がいい。 その方がわたしのためだ。 ごちゃごちゃ綺麗事を並べたけれど、他の誰でもないわたしのためだ。 自分のために大人しく降りよう。 心が壊れる前に降りよう。 そう思って担降りを決めた。 それが何だかんだ経って1月の真ん中くらいのことだった。 ごめんね岩橋くん。 弱いファンでごめんね。 デビューして強く気高く進むに、ついていけなくてごめんね。 ヲタクを続けるか否かなんて、たかだか趣味なんだからそんなに思い悩むことじゃないし、タレントに何か伝えるべきものじゃないのかもしれない。 だけどごめんなさいの気持ちが1番大きい。 もっと強い心をもっていれば、わたしはあなたの描く世界にまだまだ住み続けられたのかもしれない。 ティアラ呼びもっと真剣に向き合ったら、好きになれたかもしれないね。 ごめんなさい。 周りに流される弱い人間でごめんなさい。 下らない理由であなたを離れてしまうことに決めた自分が、最高に下らなくて嫌いだけれど、でも弱い心がますます壊れることにも耐えられない。 だけどあなたがわたしを変えてくれたことは、確かに確かに本当だよ。 あなたがピアスを開けたから、わたしも同じところに同じ数開けたよ。 あなたが英語を頑張っているから、わたしも留学システムのある高校に進学したよ。 あなたが昔いじめられていたけれど、克服して今は強くアイドルをしてくれていることを知ったから、わたしもいじめられても耐えられるようになったよ。 そのおかげで友達もできたし、いじめもなくなったよ。 4年半、何にも変え難い幸せをくれてありがとう。 たくさんの思い出を一緒に共有してくれてありがとう。 5連覇を、一緒に祝わせてくれてありがとう。 いっぱいいっぱい飽きるほどにPrincessって呼んでくれてありがとう。 お姫様にしてくれてありがとう。 プリプリの振り付け教えてくれてありがとう。 Wゆうたと共に居てくれて、じぐいわで居てくれてありがとう。 一生アイドルを掲げてくれてありがとう。 アイドルという道を選んでくれてありがとう。 あなたにとってわたしはたくさんいるファンの中の1人だけれど、わたしにとってあなたは唯一無二のアイドルでした。 大好きで大好きで、やっぱり今でも大好きです。 勝手な都合で降りるのにまだ大好きでごめんなさい。 過去のあなたも今のあなたも、全て包み込める度量のないガキだから、だからあなたを何も嫌いになることなく綺麗な思い出として心に仕舞える今、あなたのファンを辞めます。 ありがとう。 本当にありがとう。 大好きです。 これからも一生アイドルでいてね。 との進む道が、これからこの先も一生ずっと、何より輝く花道でありますように。 onikutabetaizonbi.

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【キンプリ】担降りの理由やきっかけ!岸や平野の夜遊びが原因?ツイッターで暴露?|sugar news

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私は今までに2度担降りをしています。 1人は名前を伏せさせていただきますが、もう1人はキンプリのくんです。 約3年間、紫耀くんを応援してきたことを、遅くはなったけれど、なにか形に残したくて、ブログに残すことにしました。 私が紫耀くんを好きになったのは、Mr. KingVSMr. Princeで活動を始めた時。 他デビューG担だった私がなんとなく少クラをみていて目に入った彼はすっっごく輝いていて、もう彼しか見えなくて。 それからは毎週少クラをみるようになって、なにきんの映像もみたりして…。 でも当時の担当に申し訳なくて オタク特有の謎の罪悪感 それからは罪悪感を感じながらも掛け持ちでずっと応援していました。 掛け持ちをやめて一筋で行こうと思ったのは割と最近で、2016年の秋だったかな?山Pの「LOVE SONG」カバーの紫耀くんの最後の笑顔をみて、「あ〜やばいな〜」って(笑)素直に思ったんです。 ずっと当時の担当の担降り迷ってて、それこそ担降りブログを読み漁って、でも踏み切れなくて。 でも、なぜかその時に「 当時の担当 降りよう」って思ったんです。 決意表明じゃないですけど、メモ3枚分くらい当時の担当への想いをつづって、ヲタ垢を閉じて。 くん一筋のヲタ活がはじまりました。 元担と違って歳が近かったこともあり、リアコでした。 (笑)完全に。 歌声、ダンス、お顔、人懐っこい笑顔、天然に見えて頭の回転はすごく早くて機転の利いたことが瞬時に言えるところ、私服のセンス、もう全て大好きでした。 「ではやくデビューして」が口癖でした。 とにかくが好きで。 あんなにも輝いていて。 なにきんも好きだけど、私はリアルタイムで応援できていないから本当の魅力はわからなくて。 なによりも、人の関係性が好きだった。 私が1番思い出に残っているライブは、2017年10月の湾岸ライブ。 キャパが650人で、ほんとーーーーーに近かった!!!しかも客席降りもあって、レッドカーペットの上をKINGが通るんだけど、私そのレッドカーペット花道の最前だったんですね。 ステージじゃなく同じ高さの床にたって彼らを見れたんですよ。 もう夢じゃないかって。 お立ち台も目の前で、「嘘やん…」みたいな(笑) 解禁の日で一緒にお祝いできたのもすごく嬉しかった。 こんなおめでたい日に紫耀くんに直接おめでとうって言えて、あんな近くであえて。 二度とあんなにアーティストと近いライブは無いなと確信しています。 本当に印象深くて今までで一番幸せなライブでした。 一生ついて行くわ!!!と本気で思っていました。 2018年1月17日。 この日は昼休みに開いたらみんなが「デビューじゃない?!」と騒いでいて。 私は「いやいやいや、今まで何回そんな話があったよ(笑)」と思っていたけど、特別番組ってなんだよ…って内心思っていて。 5限の体育が終わったあと永瀬担だった女の子と走って教室戻って。 「期待すんなよ!」 「期待したら負け!」 「でもちょっと期待してる!」 とか掛け合って。 本当にちょっと期待してました。 急いでで検索かけたら、本当にデビュー決まってて。 体操服のまま友人と抱き合って、泣き崩れました。 まじで。 6限目も泣いてた。 学校から帰って ちなみにケーキを買って帰った every. 付けたらキンプリのことやってて、現実だ…ってなって。 その日の晩の見て泣いて。 私はが好きだったけど、デビューできるならなんでもいいやと思ってました。 この期に及んでデビューはKINGでがよかった!なんて言うのは彼らに失礼だと思っていたし。 紫耀くんが直談判したって聞くとなおさら。 2月にファンクラブ発足して、1時間で1万人突破して次の日に焦って振り込んで6万台…キンプリすごすぎやんって泣きました。 自担が誇りすぎやって。 花晴れが決まってから「無双」みたいなのはじまってから、周りににわかが増えて。 これってJr担特有なのかな?すっごい嫌だったんですよ。 にわか。 インスタとかでみんな上げてるんですよ。 「かっこいい〜!💖」って。 今まで「くんがすき」って言うと「誰?Jr. ?マイナーだねえ」とか言われてたのに、いつのまにか私ミーハーの立場になってて。 ミーハーじゃない!最近知った人と一緒にしないで! って叫びたかった。 そんな自分も嫌だったし、あんなにデビューを望んでたのに今は逆のこと思ってるなんて…って。 ほんとに自分に嫌気がさして。 同じクラスに5人以上いた。 花晴れ出の紫耀くん担。 もう最悪だった。 私も最低だけど。 マジで最悪だった。 私が今までずっと好きだったのに紫耀くんにはあの子達の中に私が混ざっても同じファンに見えるんだって思うとなんか病んできちゃって。 なんだったんだろって(笑) こんなに一瞬で売れて、売上2位とか更新して、ファンクラブもすぐ20万超えて…。 流石としかいいようがないし、いくら推されてるからとはいえ私の目に狂いはなかった〜!とも思ったけどなんかまじ悲しくて。 今までのお金と時間無駄だったような気しかしなくって。 「新規増えたからって嫌になるとか結局その程度だったんでしょ?」 なんて言われてたのも人づてに聞いて。 バラエティでの紫耀くんの天然度が明らかに酷くなっててなんか私の知ってる紫耀くんじゃなくなったというか。 バラエティの時だけだけど。 素直に応援できなくなった自分も嫌だったし、正直今まで以上にの低くなったティアラ(笑)と一緒にして欲しくなかったのもあります。 ごめんなさい 色んなことが色々急に変わってほんとについていけなくなってたんです。 そう思い始めてからは「ツアーで最後にしよう」 って自然と思ってて。 ツアーのライブ中は「最後無理!」とか思ったけどなんか意外とあっさり降りました。 前のような決意表明もなく。 あんなにお金かけて集めたグッズだって未練もなく売って。 今でも紫耀くんをバラエティで見る度可愛いなあって思います。 遠くなったなあとも思います。 でも私は間違いなく3年間彼を応援していたし、その時間が無駄だったと思っていた時期もあったけど、今は無駄じゃなかったと思えます。 彼のおかげでバイトも初めて、初給料も全部紫耀くんのために使って、紫耀くんのおかげで本当に色々な人に出会えたし、色んなことを頑張れました。 3年間、すごく短い間だったけど心から感謝してる。 本当にいろんな景色を見せてくれた。 ティアラさんはもう少しマナーをよくして欲しい。 意外とファン名乗るのが恥ずかしいっていうのは大きいと思う。 そしてすごく悲しいことだと思うから。 今キンプリは形式的に5人になっちゃったけど、この間歌番組で彼らを見たら、玄樹くんの立ち位置あけて踊ってるところがあって、すごく泣けた。 これからも頑張ってね。 そして今はひそかに2017年12月からハマっていたさんに夢中!母いわく紫耀くんに似てるらしい(笑)これからどんな景色を見せてくれるんだろう。 長々と書き連ねましたが、このあたりで終わりにしようと思います。 とにかく紫耀くんを応援できてよかった。 幸せをくれてありがとう。 gumi626chang.

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