宇野 昌 磨 の コーチ。 宇野昌磨を育てた2人のコーチ。師弟関係というよりも、信頼関係。(2/2)

フィギュアスケート宇野昌磨くんに付いている樋口美穂子という人の行動...

宇野 昌 磨 の コーチ

昨日のスポーツ新聞の記事を見て、ちょっとどきっとしました。 横浜市内で行われた今日25日開幕のアイスショーの公開リハーサル後に「あまりライバルっていう言葉が好きじゃなくて、羽生選手には勝ちたいと思います」と言い切った。 別に、羽生選手うんぬんというのはないけれど、言葉にして発するところからすべては始まると思うので。 シカゴ合宿での成果に手ごたえと自信を感じているのかもしれませんね。 というわけで、icenetworkより、ジャンプコーチとのコラボレーションと絆を取材した記事を翻訳します。 Uno, Ouriashev prove to be winning combination. 日本の天才スケーターは、ジャンプ専門のコーチを2年、探し求めた。 Philip Hersh 気温26度前後、からっと晴れたパーフェクトな8月中旬の朝。 たいていの人は、こんな夏の日は、どうにかして外で過ごそうとするものだ。 15歳のホッケー選手 宇野樹と父親の宏樹もそうだった。 宇野一家がシカゴ郊外に3週間滞在していた間、毎日のように、彼らはゴルフコースに向かった 樹の兄である19歳の昌磨は、ゴルフ組に加わっていなかった。 「屋外で過ごすのは、あんまり好きじゃないんです」と、通訳を介して答えてくれたけれど、いたずらっぽい笑顔は、通訳不要だった。 そこで、ジャンプ専門のコーチとして、昨シーズン、9つすべての大会で表彰台に上ることをサポートしてくれた男性と練習をしていたのだ。 9つの表彰台のうち5つは優勝で、世界選手権では2016年の7位から2017年の銀メダルへと躍進した。 「自分でも、成長の速さに驚きました」と宇野は話す。 そんなわけで、彼がアレクサンドル・ウリアシェフと練習するために、ヴァーノン・ヒルズのグレース・アイス・アリーナにまた戻ってきたことは、驚くに当たらない。 しかし、スター扱いはされない。 同じ日本から来た竹内孝太郎 昨シーズンのジュニア日本選手権14位 を含む、明らかにレベルの劣るスケーターたちとリンクをシェアしていた。 「いい点とか強みとか、自分には特別なものはないと思います。 同時に、ものすごい弱点とか悪い所もないと思う。 スケーターとしての僕は、そんな感じかな」 全ジャンプを書き留めるウリアシェフ その日の2回の40分セッションのうち、最初のセッションの終わりに近づいていた頃。 彼は、新しいフリープログラム---有名なオペラのアリア「誰も寝てはならぬ」で始まるプッチーニのトゥーランドット---の最後の部分の音楽を何度もかけた。 思案していたのは、3つの4回転と2つのトリプルアクセルを含む12個のジャンプのうちの8個を、後半に持ってくるフリープログラムの持久力を形成することだった。 ほとんどすべてのジャンプを跳ぶごとに、ウリアシェフは宇野が氷上に残したブレードの跡を研究した。 そして、リンクに持ってきていた小さなノートに、感想を書き留めた。 ジャンプの大きさやジャンプの入りの正確さ、着氷の安定性などだ。 音を消した後、宇野は個々のジャンプの練習を始めた。 「今のは、絶対に三回転よ!」と断言できるほど軽々と、4回転トゥループを跳んだ。 それから、今シーズン、新たに加えたい要素、長らく問題を抱えていた4回転ルッツ(踏切のエッジにたびたび疑問を持たれていた)の構築に取り組み始めた。 これは、かなりの挑戦だ。 「タイミングだよ」。 宇野が転ぶと、ウリアシェフが言った。 立ちあがると、目にかかったクシャクシャの髪の毛を払いのけて、ほほ笑んだ。 「踏切のタイミングが、たいてい間違っているんだ。 彼は、長くため過ぎてから踏み切るからね」 3週間のシカゴ郊外滞在が日曜日に終わるまでには、彼は4回転ルッツと4回転サルコウの両方を着氷したとコーチは言った。 「4回転競争が大変だとは感じない」 宇野は、 昨シーズン 4つの4回転を成功させ、今シーズンはフリープログラムで5つの4回転を跳ぶつもりでいる。 4回転時代の男性トップスケーターにたいする要求は、どんどんエスカレートしていっている。 「みんなの進歩するスピードに驚いています。 幸運にも、僕もその一人なので、このレベルで競うことが大変だとは感じていません」 宇野は、4回転フリップと4回転ループの両方を昨シーズンのレパートリーに入れた。 2016年4月のコーセー・チームチャレンジカップで、競技会で4回転フリップを成功させた最初のスケーターになった。 2016-2017年シーズンには、18回の4回転フリップを跳び すべてのショートとフリーで跳んだ 、18個すべてでフルの基礎点を獲得し、世界選手権の両プログラムを含む9個のジャンプにGOEで加点をもらった。 「宇野のジャンプコーチをしてみないか?」 2年前、彼は4回転ループに挑戦し始め、その様子をウリアシェフに見せた後から、二人はジャンプの技を磨き始めた。 最初に競技で挑戦したのは、2017年の四大陸選手権で、2. 43の素晴らしいGOEを獲得した。 宇野は、すばらしい4回転ジャンプを生み出すために、ウリアシェフと練習を始めた。 ウリアシェフは、グレーシー・ゴールドが2013年秋にフランク・キャロルに師事を仰ぐために彼の下を去る前に、彼女をコーチして、全米ジュニア優勝、ジュニア世界選手権銀メダル、2013年全米2位の成績を獲らせた手腕を持つ。 「私たちは、ジャンプのコーチを探していました」と、宇野の母ジュンコは言う。 息子のコーチの一人である樋口美穂子は、グレーシー・ゴールドのジャンプを見て感動し、ウリアシェフが宇野を教えることに興味があるかどうかを知りたがった。 宇野のエージェントであるコージ・オハマのリクエストで、エージェントであるimpresarioのAri Zakarianが、ウリアシェフに電話をして探りを入れた。 ウリアシェフが20年間教えているシカゴに宇野が初めて来たのは、2016年の夏。 昨シーズン、宇野がウリアシェフを4回訪ねたうちの最初でもあった。 「彼らが僕に打診してきたときは、びっくりしたよ。 僕は、世界でも全米でも、トップクラスのコーチじゃないからね」と、ウリアシェフは振り返る。 ウクライナ出身のウリアシェフは、世界的な若手トップスケーターを教えることに、楽観的ではなかった。 だから、コーチを引き受ける前に、古い友人であるダラス・フィギュアスケート・クラブのコーチAlexei Letovに電話をした。 「アレクセイが、挑戦する自信をくれたんだ やってみれば、と背中を押してくれたんだ 」 再び、ウリアシェフの元へ 2015年のジュニア世界選手権チャンピオンであり、2016年グランプリファイナルの最年少出場者である宇野昌磨もまた、ウリアシェフが何を期待しているか、よくわかっていなかった。 「最初、それぞれの練習にすべてをぶつけました。 そして、肉体的にへとへとになってしまったんです。 今は、トレーニングをよりコントロールし、バランスを取る方法を知っています」 「いい結果を出すことができたので、今シーズンもより多くのことを得たいと思って、ウリアシェフのところに戻ってきました」 昨年の練習の様子。 スケートリンクが公開しています。 宇野は、2015-2016年の輝かしいシニアデビューシーズンの終わりに、トレーニングのし過ぎで調子が下降し、十分に競技ができなかったと感じていた。 だからこそ、冬季オリンピックが開かれる韓国の江陵で開かれた4大陸選手権や日本の札幌で開かれたアジア冬季選手権、世界選手権の6週間前にルクセンブルクで開かれたプランタン杯に出場したのである。 「2年前は、4大陸と世界選手権のギャップがすごかったんです。 4大陸ではうまくいかなかったので、自分にプレッシャーをかけ過ぎてしまって、つぶれちゃったんです。 昨年は、競技会と競技会の間隔を開けないようにして、好調さを維持して、いつでも競技に出られるようにしました」 スケートに熱狂する国で脚光を浴びて 宇野は、フィギュアスケートに熱狂している国から、世界選手権銀メダリストとして今シーズンに突入する。 オリンピックと世界選手権の金メダリストである、同じ日本の羽生結弦が、日本でものすごく人気があるので、宇野に注目が偏るのを防いでくれている。 「羽生選手は、尊敬する一人です。 彼のスケートへの姿勢が好きです。 もちろん、すばらしいジャンパーですが、バランスのとれた、オールラウンダーだと思います」 「自分の上に常に誰かがいてくれて、その後を追うのは精神的に楽です。 来月、「宇野昌磨2018カレンダー」が、日本で全国的に発売される準備が整っている。 「たぶん、多くの人が思っているほど、僕は通りを歩いていても気づかれませんよ。 たまに、近づいてきて話しかけられることもありますが、そうしょっちゅうではありません。 だから、うれしいんです」と、彼は言った。 日本で有名人なのかどうか尋ねると、宇野は返事を渋った。 「そういうのは、考えないようにしています」 スケートに専念するために、中京大学を一年休学している。 今のところ、彼とウリアシェフは、オリンピックやものすごく強い男子フィギュアスケーターグループの中でも最強の羽生選手を打ち負かす方法にフォーカスしないようにしている。 「今シーズンは、取り立てて目標はありません。 僕の最終的な目標は、今シーズンではなくて、将来に向けたものです」 宇野の最初の試合は、昨シーズンと同じく、来月イタリアで開かれるロンバルディア杯だ。 グランプリシリーズは、10月下旬のスケートカナダと11月中旬のフランス杯。 昨シーズン同様、12月下旬の全日本選手権のあと、ウリアシェフとさらに練習するために、シカゴに戻ってくる。 宇野は、「何かしてあげたい」と思わせる存在 ウリアシェフは言う。 「相手のことが本当に好きで、その人のために何かしてあげるのを幸せに感じることってありますよね。 僕らは英語を話さないけれど、ショーマは、機嫌が悪い時でも、よりいい気分にさせてくれるような性格。 お日様みたいに輝いているんだ」 ははーん。 だから、ショーマは外出する必要がないのね。 彼自身が、太陽と暖かさを氷上に運んでくるんだもの。 ----翻訳ここまで スポーツも芸術も、指導者によって大きく変わりますよね。 ウリアシェフコーチ、ゴールド選手に去られたときは傷ついたようですが、宇野選手といいコンビ関係が築けてよかったですね。 ジャンプコーチとして、ますます注目されることでしょう。 tanegashimapi.

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フィギュアスケート宇野昌磨くんに付いている樋口美穂子という人の行動...

宇野 昌 磨 の コーチ

最近は振付も相談しながら2人で決めている。 一方の樋口コーチは、優しく微笑みながら次のように語った。 「昌磨も大人になってきたので、意見交換することが本当に多くなりました。 もともとはしゃべるタイプではなかったのですが。 今はすごく自分の意思がはっきりしてきましたね。 シニア1年目の世界選手権、あれがやっぱりよかったかなと(2016年の世界選手権はフリーで転倒などのミスがあり、7位に終わった)。 あの経験からはっきりと変わり、さらに昌磨を成長させたかなと感じてます。 自分の課題を見つけて、こうしたい、こうして行きたいと意見を言うようになりました」 そうして今では、振り付けについても2人で相談しながら作り上げているという。 「最近、振付師は私と昌磨です。 自分から『こうしたいんだけど、どう思う?』って感じで聞いてきます。 あの子は理屈っぽいところがあるんで、あれこれこうしたいと言ってくる。 私は『なるほどね。 でもちょっと変だからこうしよう』と伝えたり、『いいじゃん、それ』と取り入れたりもします。 それで一度、『昌磨さ、振付師できるかもね』って言ったら、『絶対無理です。 たぶん、自分のやりたいことばかりやってるから』って(笑)」 取材はリンクの横にある混雑したラウンジスペースで行ったのだが、樋口コーチが「ここで取材をするから」というと、子供たちは「いいよー」と言って、置いていた荷物を次々とどかしてくれた。 取材中もかまわずに、周囲を駆け回っている。 こうした家庭的な温かい環境があったからこそ、宇野は素直な心をそのままに、自身の才能を伸び伸びと花開かせることができたのだろう。 母性に包まれた宇野は、ある意味で無敵かもしれない。 山田コーチは宇野の性格について、こう見ている。 「昌磨は、あんまり人とベタベタするとか、上手に振舞ったりするのが得意ではない。 人と付き合うのは嫌いではないけれど、でもおべっか使ってまでは嫌みたいで、割とストレートですね。 でも向かってる先は間違ってないと私は思っています。 彼なりに今の素直な気持ちのままで行けば、人間的にきっといい方向に行くんじゃないかなと。 今の昌磨に関して、ここをちょっと直さなきゃ、っていうのはまったくないですね。 性格の面でも、練習に対しても、すべて、いいんじゃないかなっていうふうに思っています。 真央や佳菜子にも思っていたんですけど、昌磨も立派なスケーターというより、やっぱりみんなに愛されるスケーターになってほしいですね」 そして宇野と二人三脚で平昌五輪へと駆け抜けていく樋口コーチに、「今シーズンを楽しんでいますか」と聞くと、こう答えてくれた。 「楽しみたいな、と思っています。 楽しいと感じるときは、やっぱり気持ちよく滑ってくれてるときですね。 だいたい、気持ちよく滑ってるときって、ジャンプが跳べるんですよね。 こないだ(フランス杯)みたいなつらそうな滑り方してると、ジャンプも跳べないんで。

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コーチ不在の宇野昌磨 たった一人で得点発表に涙する姿に米記者も憂慮

宇野 昌 磨 の コーチ

12 旧合計スコア 319. 84 104. 15 旧 104. 87 197. 36 旧 214. 97 国内競技会成績・シングル 優勝 4回 2016,2017,2018,2019 記録 4回転フリップISU公認大会初成功 獲得メダル 大会 1 位 2 位 3 位 0 1 0 0 2 0 1 1 1 0 2 2 1 1 0 1 0 0 1 0 0 合計 4 7 3 銀 男子シングル 銀 男子シングル 銀 男子シングル 銅 男子シングル 銀 男子シングル 金 男子シングル 金 団体 銀 団体 銅 男子シングル 銅 男子シングル 銀 男子シングル 銀 男子シングル 金 男子シングル 金 男子シングル 宇野 昌磨(うの しょうま、: Shoma Uno、 - )は、の選手(男子)。 中京大学スポーツ科学部在学中、マネジメントは「USM」在籍 (2015年7月-)。 2019年6月までは「グランプリ東海フィギュアスケーティングクラブ」に在籍していた。 主要な戦績として、銀メダリスト、・2位、・2位、優勝、4連覇(-)など。 2016年4月22日に開催されたコーセー・チームチャレンジカップにてISU公認大会初の4回転フリップジャンプに成功。 ISUから公認大会で史上初成功した選手として認定され 、2016年10月1日のジャパン・オープンの大会終了後にギネス世界記録の認定証を授与された。 ギネス上の記録名は「公認大会で初めて4回転フリップジャンプをした男子フィギュアスケート選手|First quadruple flip jump in a figure skating competition(male)」である。 人物 [ ] 、を卒業。 4月にへ入学。 4歳年下の弟・樹が両親への聞き取りもまじえてまとめたエッセー『兄・宇野昌磨』によれば、宇野は1000グラムに満たない超低体重出生児で生まれた。 幼少期は喘息で入退院を繰り返し、身体を強くしようと両親がいろいろなスポーツを試させたなかで、宇野本人が「もう一度やりたい」と言ったのがフィギュアスケートだったという。 また、樹はTwitterで兄が紫外線アレルギーであることも告白している。 「同じ兄弟でも昌磨は紫外線アレルギーです。 紫外線にあたると赤く腫れ、熱や湿疹も出て数週間は治りません。 」とのことである。 5歳の頃、でスケート教室に参加した際に、スピードスケートかアイスホッケー、フィギュアの選択肢があり、偶然居合わせたに「一緒にフィギュアスケートやろうよ」と声をかけられ、フィギュアを選んだ。 以降、浅田が海外に拠点を移すまでの5年ほどの間、練習を共にした。 同じ山田満知子門下生のとも姉弟のように仲が良い。 憧れの選手は。 2006年12月、で高橋の『』を生で見たことがきっかけ。 同大会には、男子唯一の花束スケーターとしてに花束を贈呈した。 祖父に・のがいる。 トリプルアクセルをジュニア時代に長期間跳べず、2014年10月に会得した遅咲きの選手であった。 一時期は周囲にやらされていたと認めるが、その後は練習の虫と称されるほど練習を大事にしている。 インタビューでは「努力は必ず報われるとは思っていない。 ただ、うそはつかないとは思っている 」、他選手のアクシデントから何か教訓を得たかとのマスコミからの問いに「ひとのけがをしたところを見て、そういうことは考えてはいけない。 答えたくもない 」、五輪銀メダリストとして挑むシーズンに向けて「過去の結果に何か意識を置いたことはない。 成功した人が勝つと思っているので 」などの発言がある。 趣味・嗜好 [ ]• であり、野菜が苦手だが改善を図っている。 白米、肉、ミルクティーが好き。 平昌五輪で銀メダルを獲得した直後の『』の生電話インタビューで、「アニメ結構見ます。 僕がすごい好きだったのは、『』と『』」と話している。 に熱中しており、練習直前までゲームをやっていることがある。 前述のラジオのインタビューでゲームアプリ『』をやり込んでいることを、『』ではゲームアプリ『』を弟とプレイしていることを語っていた。 2020年現在は『』をよくプレイしているという。 スマートフォン向け以外のゲームでは『』()を2019年から熱心にプレイしており、練習が終わるとすぐ部屋に帰ってゲームをしている。 「身内ではもう(一緒に)やってくれる人はいない」ほどに上達しすぎてしまい、2020年6月には、同作品のプレイヤーが出演する番組『ケプトの定時退社』にゲスト出演してその腕前を披露している。 技術・演技 [ ] のSPで披露されたクリムキンイーグル。 4種類の4回転(、、、)と全ての3回転ジャンプを跳ぶことができる。 4回転フリップは、(・)のSPでの成功により、公認大会における史上初めての成功者としてから認定された。 (の には、史上初成功であるとの記録が残されていないが、他の形式で 、史上初成功であるとから発表されている。 )翌日のFSでも成功させ 、2016-17シーズンには、SPとFSの両方の構成に組み込んでいる。 4回転ループは、の公式練習などで着氷を成功させていたが 、試合ではのFSで初挑戦し成功させた。 ISU公認大会では史上2人目の成功となった。 4回転サルコウは、2017年四大陸選手権の公式練習などで着氷を成功させていたが、試合ではのFSで初挑戦し成功させた。 2017-18シーズンFSに組み込んでいたが成功率が上がらず、プログラムの完成度を守るため平昌五輪前に封印した。 その後、2018-19シーズンFSでは再び4回転サルコウを冒頭に組み込んでいる。 世界初認定の4回転フリップを始め、フリップは非常に得意で、コンビネーションジャンプにもよく使用している。 の公式練習では、4F-3Tのコンビネーションジャンプを成功させている。 また、2016年チームチャレンジカップのFSでは3A-1Lo-3F(2018年のルールの変更以降は3A-1Eu-3Fと示される)の3連続ジャンプを成功させ、その後FSの構成に組み込んだ。 また、2019国別対抗戦フリーにおいて冒頭4F-3Tに成功した。 4F-3Tの公式大会での成功は4人目である。 トリプルアクセル()はからの入りで跳ぶことが多く、常に(出来栄え点)2〜3がつく得点源となっている。 また、実践で成功したことはないが、個人での練習中や大会の公式練習などでは度々トリプルアクセル-4回転トウループのコンビネーションを成功させている。 2017年全日本選手権ではダブルアクセル-4回転トウループを FSの後半に挑んだが4回転が抜けてしまい、失敗に終わった。 2019国別対抗戦ではフリー後半に3A-4Tを投入し、4Tで転倒はしたものの、実施自体は、回転は足りているとして認定された。 その後、3A-4Tは2019-20シーズンでの実戦投入を明言している。 足首や体の柔らかさと体幹に基づく の使い手。 12歳から既に観客に披露しており 、氷に手を付き5秒以上姿勢を維持することも可能 で、自らもトレードマークと語る。 アイスショーでは上半身を後ろに深く反るだけでなく、両手を広げたままや、片手を肘までリンクにつけたり、頭の上にまっすぐ上げた両手を手首近くまでリンクに付くクリムキンイーグルも披露している。 競技プログラムは演技時間内に必須要素を入れる必要があり4秒以内に抑えられているが、観客が湧くポイントとなっている。 スピンとステップの技術は高く、殆どが「レベル4」を達成し多くの加点を得ることができる。 2016年でのコンビネーションスピンでは、満点のGOEがついて5. 00点を獲得した。 これは、男子では現役時代の以来となる。 経歴 [ ] 2011年以前 [ ] 初出場ののショートプログラム 2009-2010シーズン、全日本ノービス選手権で優勝し、に初出場し3位となる。 2010-2011シーズン、再び全日本ノービス選手権で優勝、全日本ジュニア選手権では4位に入った。 2011-2012シーズン [ ] ユースオリンピック銀メダル獲得 [ ] 2011-12シーズンよりに参戦。 初戦のバルティック杯では4位。 続くタリン杯では3位となり、2戦目にしてJGPシリーズで初のメダルを獲得。 同年の全日本ジュニア選手権では5位に入り、に出場。 初出場となった全日本選手権では9位となり、の代表に選出された。 全日本ジュニアの成績等から派遣されたでは、6位からで巻き返し、銀メダルを獲得した。 世界ジュニア選手権では10位となる。 2012-2013シーズン [ ] 2012-13シーズン、ブラエオン・シュベルター杯で2位。 全日本ジュニア選手権では2位。 では11位。 当初はがの代表だったが、負傷で代表を辞退したために繰り上がって出場 し、7位となった。 2013-2014シーズン [ ] 2013-14シーズン、リガ杯で3位。 全日本ジュニア選手権2位。 ではSP6位となり、FSでは最終グループに入る。 総合では7位となり、への3大会連続出場となった。 世界ジュニア選手権ではSP3位、FS5位で総合5位となる。 では、国際大会のシニアクラスで初優勝。 2014-2015シーズン [ ] JGPファイナル・世界ジュニア選手権優勝 [ ] 2014-15シーズン、で4回転を初成功させ優勝。 続くの2大会でも4回転トウループを成功させ、クロアチア杯ではJGPシリーズ初優勝となった。 シリーズのポイントランキング2位の成績で、自身初のへの進出を決めた。 全日本ジュニア選手権では3回転を初めて成功させ初優勝となった。 ファイナルではSP3位、FSでは一つのマイナス評価も受けない演技を披露し、ジュニアでは初の160点台のスコアを獲得。 総合でもジュニアの世界歴代最高得点を更新し、、に続く日本男子3人目の優勝となった。 ではSP3位、FS3位で銀メダルを獲得した。 この結果によりに初選出される。 全国高等学校フィギュアスケート総体では、SPで冒頭の3回転アクセルで着氷に失敗するものの1位につけ、FSでは出場選手で唯一4回転ジャンプを成功させ、2位に50点以上の差をつけて大会2連覇となった。 EXでは、アンコールにおいて着氷が乱れたものの4回転を披露した。 シニア初の国際大会となる四大陸選手権ではSPで自己ベストを更新し2位につけた。 続くFSでは自己ベストを更新したものの、ジャンプの転倒などがあり5位、総合5位となった。 ではSPでジュニアでは初めて80点台を記録するなどして優勝。 日本人で5人目の世界ジュニア選手権優勝者となった。 同大会ではも銅メダルを獲得。 日本人初のダブル表彰台という快挙を達成した。 2015-2016シーズン [ ] 初出場で銅メダルを獲得した GPファイナル銅メダル獲得 [ ] 2015-16シーズン、シニアクラスへ移行。 では参考記録ながらも185. 48の高得点をマークし男子個人で1位。 チーム日本の優勝に貢献した。 に初参戦し、で銀メダルを獲得した。 ではグランプリシリーズ初優勝を飾った。 初出場のでは、FSで自身初の190点台を記録し、銅メダルを獲得した。 男子シングルの選手が、シニアのグランプリシリーズデビューの年に、ファイナルでメダルを獲得するのは初めてのことである。 ではSP2位、FS3位の総合2位となり、前季に続きに選出されたほか、の代表にも初選出された。 四大陸選手権ではSPで自己ベストを出し2位につけるが、FSで4回転ジャンプの回転が抜けてしまうなどのミスがあり、総合4位となった。 初出場となった世界選手権ではSPで4位、FSで後半の4回転トウループで転倒するなどのミスがあるも7位入賞となった。 また、この成績により同大会に出場した日本人選手のポイントは羽生結弦と合わせて9ポイントになり、同大会で2枠だった代表枠の3枠復帰に貢献した。 2016-2017シーズン [ ] GPファイナル銅メダル、全日本選手権初優勝 [ ] 銀メダルを獲得した 四大陸選手権では、SPで史上4人目となる100点台をマークすると 、FSでは試合で初挑戦となる4回転ループに成功し、フリップ、トーループもまとめ、自身初の3種類4本の4回転ジャンプを着氷に成功したが、トリプルアクセル2本とも失敗。 総合では自己ベストの288. 05点を出したが、さらにミスの少なかった、羽生結弦には届かなかったものの総合3位。 ISUの選手権大会では初の表彰台となった。 2週連戦となる札幌冬季アジア大会ではSP2位発進。 フリーで188. 84点、合計281. 27点で逆転優勝を飾る。 3月にはで行われたプランタン杯に出場。 主要国際大会でないため、非公認記録になるがSPで104. 31点でトップに立ち自己ベストを4. 03点上回るスタート。 続くフリーでは、冒頭の4回転ループで転倒したが、その後はほぼミスのない演技で199. 37点で1位となり、合計303. 68点で優勝した。 続いてで開催された世界選手権に出場。 ショートでは、全てのジャンプを成功し、自己最高となる104. 86点で四大陸選手権で出した自己ベストを4. 58点更新。 冒頭の4回転フリップ、続く4回転-3回転の連続トーループは出来栄え評価で1点以上の加点を得た。 首位のとは4. 19点差の2位となる。 逆転をかけたフリーは冒頭の4回転ループを着氷させて勢いをつけ、4回転フリップへとつなげた。 続く3回転ルッツでバランスを崩したがその後に響かせることもなく滑りきったり、フリーでは214. 45点となった。 トータルスコアはシーズンベストとなる319. 31点。 合計では自己ベストを31. 26点も更新。 その結果、準優勝を飾り銀メダルを獲得。 世界選手権で初めて表彰台に登った。 また、同大会は翌年の平昌オリンピックの代表枠を決定する大会でもあり、この結果を受け、同大会に出場した羽生結弦との合計ポイントは3ポイントという出場国最高のポイントに。 平昌オリンピックの最大代表枠3枠の獲得に大きく貢献を果たした。 シーズン最終戦のではSP1位とFS2位を獲得しチーム日本の優勝に貢献した。 総合得点では男子シングル全選手の最高得点となる302. 02を獲得した。 このシーズンで出場した全試合での表彰台を制覇しシーズンを終えた。 2017-2018シーズン [ ] 全日本選手権2連覇 [ ] 2017-2018シーズンを前に、2017年に に入社した。 ショートに『』、フリーは2季ぶりに『』を使用することを自身の公式サイトで発表した。 初戦ので開催されるに出場。 ショート・フリー・トータルスコアの全てで自己ベストを更新。 フリーでは実戦で初めて4回転サルコーを成功させるなど5度の4回転ジャンプを全て着氷し、2連覇を達成した。 初戦ので優勝。 ではの発症によって休養を余儀なくされ体調不良の中、2位となる。 昨季のプランタン杯から5戦続いていた300点超えは5大会連続で途絶えたが、12月の地元・で開催されるの出場を決めた。 グランプリファイナルのショートは3回転アクセルを転倒しながら100点越えで2位(101. 51点)。 フリーでは今季初戦のロンバルディア杯で成功させた4回転サルコーを2大会ぶりに投入して成功させたものの、冒頭の4回転ループと後半の4回転トーループを失敗。 SP1位だったにも多くのミスがあり、FS1位(184. 50点)となったが、総合では0. 5点の僅差で2位。 グランプリファイナル3季連続となる表彰台で自身の最高位。 演技中には気付けなかったが、規定の範囲内であと1回ジャンプすることによりチェンの得点を上回ることは可能だった。 では2連覇 を達成し、オリンピック代表に初選出された。 四大陸選手権ではこのシーズン苦しむ4回転トーループを修正し、フリー後半で二本決め、オリンピック前最後の実戦で2位となった。 平昌オリンピック銀メダル獲得 [ ] 銀メダルを獲得した 2018年2月、韓国で開催のでは、まず団体戦で日本人代表選手としてショートプログラムに登場。 ショートプログラムでは各国のエース選手が投入されたが転倒が相次ぐ波乱の展開が続くなか、103. 25点をマークする唯一の100点超えで、2位に10点以上を付け1位に立ち、日本チームのフリープログラム進出と5位入賞に貢献した。 男子シングル個人種目では、ショートプログラムでは最初に4回転フリップを成功、後半に4回転と3回転の連続トーループを決めた。 トリプルアクセルでは着氷で乱れかけたもののこらえ、1位のに約7. 5点差、2位のに約3. 5点差離れた104. 17点で3位に付けた。 フリーでは出場24選手で最後の滑走順となった。 冒頭の4回転ループですぐに転倒するも、4回転フリップは成功、3回転ループも決めた。 後半では、4回転と2回転の連続トーループは2本とも着氷が乱れたが、イーグルからのトリプルアクセルや最後の4回転となったトーループは成功、さらにトリプルアクセルからの3連続ジャンプ、サルコーとトーループの連続ジャンプを決める。 結果フリーのみの得点では202. 73点、最終順位でフェルナンデスを1. 68点上回る総合得点306. 90点で、自身初の五輪出場で銀メダルを獲得。 日本フィギュアスケート選手では、伊藤みどりと浅田真央(共に女子シングル)に続く3人目の五輪銀メダル獲得となり、日本男子シングル・フィギュアスケート選手では、歴代3人目の五輪メダリストとなる。 日本フィギュアスケート史上初の五輪複数表彰台及びワンツーフィニッシュとなる。 更にフィギュアスケートの男子シングル種目史上でも、五輪同国ワンツーフィニッシュは2002年ソルトレイクシティ五輪以来16年ぶり、日本冬季五輪史上でものスキージャンプ70m級、笠谷・金野・青地の表彰台独占以来46年ぶりとなる。 2年連続の世界選手権銀メダル獲得 [ ] 銀メダルを獲得した 2018年3月、・で開催されたでは、直後に新調した靴を急ピッチで馴染ませようと練習量を増やした結果、開幕前の公式練習で右足甲痛を発症。 本番のショートプログラムではジャンプの難易度を落として挑んだが、4回転フリップから変更した4回転トウループは綺麗に着氷したものの、3回転の連続ジャンプで2本目が2回転になるミス。 スピンやステップでは全ての項目で最高のレベル4を獲得したものの、94. 26点と自己ベストよりも10点以上低い得点で5位発進となる。 フリーでは「(翌年の世界選手権の)枠のことがあるので攻めたい」と難度を落とすことなく、五輪と同じジャンプ構成で挑んだ。 中盤までジャンプに苦戦する展開だったが、終盤は4回転-2回転の連続トーループを決めるなど現地メディアに「魂の270秒」と評され 、フリー179. 51点の合計273. 77点となる。 結果、2年連続で準優勝し、2つ目の世界選手権銀メダルを獲得。 日本人男子フィギュアでは、4人目の世界選手権メダル複数保持者となる。 この結果を受け、羽生結弦の欠場で出場したの健闘で日本選手の合計ポイントは7ポイントになり、翌年に日本の市で開催予定の世界選手権での代表3枠を保持した。 このシーズンは計8大会に出場し、全出場大会で優勝か準優勝した。 2018-2019シーズン [ ] 新たなショートプログラムに『』を、フリーにはベートーヴェンのピアノソナタ『』を使用することが発表された 初戦ので開催されるに出場。 ショートは104・15点を記録し首位発進し 、フリーでは1位の172・05点となる。 ショートからトップを守り、計276・20点で3連覇を果たした。 従来の4分30秒から4分へ短縮された新ルールに、疲れものぞかせながら今季初戦を制した。 初戦ので逆転優勝し2連覇を達成した。 続くに初出場し、ショート、フリーともにに4回転トーループのコンビネーションジャンプにミスが出るが、スケートカナダに続いて自身初のGPシリーズ連勝を果たした。 しかし、迎えたでは現地入り直後から急激に調子を落とし、ショートは91. 67点で2位、フリーは183. 43点で2位。 総合275. 10点で2位となった。 全日本選手権3連覇、四大陸選手権優勝 [ ] 3連覇を期待される中で挑んだは、ショート当日の朝の公式練習前にウォーミングアップで右足首を捻挫し、さらに直前の6分間練習でも足を痛めた様子を見せ、ジャンプをほとんど跳ばずに本番を迎えた。 そのまま挑んだショートでは冒頭の4回転フリップをはじめジャンプを全て成功させ、ガッツポーズを見せる演技で102. 06点をマークし首位に立った。 怪我の状態を心配する報道陣に対し宇野は「弱い自分を見せたら大崩れしてしまう。 言い訳にしたくないので、フリーが終わるまでは僕の口からは控えたい」として足の状態を一切口にしなかったが、その夜には「痛くて歩けなかった」とのちに本人が語るまでに悪化した。 翌日は公式練習をパスして病院でMRI検査を受け、捻挫の診断と「無茶はしても痛いだけで選手生命には響かないと言われた」こと、トレーナーの処置を受け痛みが改善したことからフリー出場に踏み切った。 フリー当日の公式練習でもジャンプの着氷が乱れるなどし、コーチ陣からは棄権を勧められたが、本人の意志もあり強行出場。 本番では4回転サルコウを3回転サルコウに、3回転サルコウ-3回転トウループのコンビネーションを3回転ループの単発にするなど構成の難易度を落としたものの、冒頭の4回転フリップと4回転トウループ、4回転トウループ-2回転トウループの3本の4回転を着氷するなど踏ん張り、187. 04点をマーク。 結果はシーズンベストとなる289. 10点で優勝を飾り、3連覇を達成した。 なおこの大会では、常々「憧れ」と口にしていたと5年振りの競演となった。 その後、全日本選手権のエキシビションと年明けに予定していたイタリアでのアイスショー出演を見送り、捻挫(靭帯の部分断裂であったことをのちに公表)の治療とリハビリに専念。 しかし氷上練習を再開した直後に同じ箇所を再び捻挫、2月中旬にエントリーしていたチャレンジカップ欠場を決め 、世界選手権までの試合を四大陸選手権のみに絞ることに決めるも1月の末に3度目の捻挫を負い、極度の練習不足のまま、四大陸選手権出場のためアメリカ入りした。 では、大会前に宇野は「世界大会で"シルバーコレクター"と皆さんに言っていただいて、満足できる2位、満足できない2位、たくさんあったと思いますけど、1位を目指して頑張りたいと思います」とシルバーコレクター返上を宣言。 しかし、右足首の捻挫の影響もあり、ショートでは冒頭の4回転トウループと続く3回転サルコウ-3回転トウループでバランスを崩すなどジャンプにミスが相次ぎ、91. 76点でまさかの4位発進となった。 しかしフリーでは、4回転サルコウこそ封印したものの、「アメリカに来てから練習を再開した」という4回転フリップを構成に戻し、4回転トウループ2本と合わせた計3本の4回転をすべて着氷。 終了直後に氷上に倒れこむ程の気迫あふれる演技を披露し、ルール改正後におけるフリーでの世界最高得点197. 36点をマークして逆転優勝を果たした。 また、この優勝によりシニアデビュー後4年目にして、念願の国際主要タイトル初の獲得となった。 では、91. 40点で6位となる。 フリーでは、178. 92点。 合計270. 32点 、4位となり表彰台を逃す結果となった。 5歳から15年以上指導を受けた樋口、山田コーチの元を離れ、海外への拠点変更も視野に入れたうえでコーチ変更の意志を示した。 その後、ロシアのエテリ・トゥトベリゼコーチのサマーキャンプに参加することが決定。 アレクサンドラ・トゥルソワやアンナ・シェルバコワをはじめ、女子ジュニア4回転時代を切り開いた選手のコーチを務めるエテリだが、男子トップ選手では初めてエテリの指導を受けることになった。 エテリへの師事をするか否かは明らかにされておらず、「新しいコーチは急いで決める必要も無い。 20-21シーズンまでに決めたい」と19-20シーズンはコーチ不在のままシーズンへ突入する可能性も示唆した。 2019-20シーズン [ ] ロシア単身合宿から帰国した宇野は、エテリへの師事を有力視していた世間の予想に反して19-20シーズンをメインコーチなしで臨むことを明らかにした。 当面は中京大学を拠点とした上でジャンプコーチに本田武史を起用。 振付は両者とも18-19エキシビションでタッグを組んだシェイリーンボーン(SP)、デビットウィルソン(FS)に依頼し、競技用プログラムとして樋口美穂子以外の振付で臨む初のシーズンとなった。 グランプリシリーズ初戦となる、ショートプログラムでは6分間練習からミスが目立った冒頭の4回転フリップで、2. 36点の加点を導く成功。 しかし、4回転トーループで転倒、さらに練習から失敗の少ないトリプルアクセルでも転倒、79. 05点の4位と出遅れた。 フリーでもトリプルアクセルで2度転倒するなど精彩を欠き、フリー9位の136. 79点、合計215. 84点で、15年のシニア転向後最低となる8位にとどまり、の出場は絶望的になった。 その後グランプリシリーズ第2戦ロステレコム杯を前にスイスのステファン・ランビエルコーチの元で指導を仰ぎ、第2戦での巻き返しを狙った。 ロステレコム杯では、宇野の希望によりランビエルコーチが正式なコーチではないものの試合に同行し、コーチと同じ立場で技術的なアドバイスをしたり、試合後のキスアンドクライで宇野の隣に座るなどした。 結果、ショートでは4Fこそ転倒したもののフランス杯で決められなかった残りに2本を着氷し87. 29、4位につける。 フリーでは冒頭の4Sで転倒した際に「靴がズレて違和感があった」と2本目の4Tを入りのモーションは行ったが跳ばず、スルー。 その後のジャンプは着氷し、本数を合わせるため最後のコレオシークエンスを早めに切り上げ4Tを跳ぶという攻撃的な選択を取るが成功はならなかった。 結果、164. 95で4位となり僅差で表彰台を逃し、グランプリファイナル出場はならなかったがフランス杯とは違い笑顔を見せるシーンが多く、復調の兆しを見せた。 全日本選手権4連覇 [ ] 4年振りの羽生結弦との対決に注目が集まる中、宇野はステファン・ランビエルに師事することを発表した。 宇野は全日本へ向けスイスで1ヶ月近くステファン・ランビエルの元で練習をしており、GPF出場を逃したこともあって比較的落ち着いて調整が出来たせいか練習から笑顔を見せる。 ジャンプも課題であった4Fを決めるほか、4Sに加えて2シーズン封印してきた4Loを着氷するなど好調をアピールした。 ショートでは4F、4T-2T、3Aを全て完璧に決め、非公式ではあるが自己ベストをも上回る105. 71をマークし、羽生結弦110. 72につぐ2位につける。 フリーでは4回転をトウループ、フリップの2種に絞って挑んだが全体的に着氷が完璧とはいえない出来でGOEが伸びきらなかった。 自己ベストからは約13点離れたが今季自己ベストとなる184. 86をマーク。 その後最終滑走で登場した羽生結弦がミスを連発し自己ベストから大きく離れた172. 05に留まったため宇野が逆転優勝で全日本選手権4連覇を決めた。 これにより宇野が羽生との直接対決を制した初めての大会となった。 代表に決定していたは、コーチに師事するにあたり練習拠点を海外に移したことにより、に向けてジャンプ精度の向上とプログラムの完成度を高めていくことに重点を置くため、出場辞退を決め欠場となった。 その後、世界選手権への調整のためB級大会ではあるがチャレンジカップにエントリー。 71に留まった。 翌日のフリーでは2シーズン苦戦してきた4Sを綺麗に着氷し、勢いに乗る。 前日と同じく4Tステップアウトのミスはあったがそれ以外は高い完成度でまとめ、非公認ではあるもののフリー、合計ともに自己ベストを上回る198. 70、計290. 41をマークし優勝を果たした。 主な戦績 [ ] マークが付いている大会はISU公認の国際大会。 赤い数字はISU公認国際大会での当時の世界最高得点(国内大会は含まない)。 2019-2020 シーズン 開催日 大会名 SP FS 結果 2020年3月16日-22日 () 2020年2月20日-23日 () 1 91. 71 1 198. 70 1 290. 41 2020年2月4日-9日 () 欠場 2019年12月19日-22日 () 2 105. 71 1 184. 86 1 290. 57 2019年11月15日-17日 () 4 87. 29 4 164. 95 4 252. 24 2019年11月1日-3日 () 4 79. 05 9 136. 79 8 215. 84 2019年10月11日-13日 () 2 92. 28 1 162. 95 1 255. 23 2018 -2019 シーズン 開催日 大会名 SP FS 結果 2019年4月11日-14日 () 3 92. 78 3 189. 46 2 団体 2019年3月20日-24日 () 6 91. 40 4 178. 92 4 270. 32 2019年2月21日-24日 () 欠場 2019年2月4日-10日 () 4 91. 76 1 197. 36 1 289. 12 2018年12月20日-24日 () 1 102. 06 1 187. 04 1 289. 10 2018年12月5日-9日 () 2 91. 67 2 183. 48 2 275. 10 2018年11月8日-11日 () 1 92. 49 1 183. 96 1 276. 45 2018年10月26日-28日 () 2 88. 87 1 188. 38 1 277. 25 2018年10月6日-日 () 1 186. 69 1 団体 2018年9月12日-16日 () 1 104. 15 1 172. 05 1 276. 20 銀メダル 2017-2018 シーズン 開催日 大会名 SP FS 結果 2018年3月19日-25日 () 5 94. 26 2 179. 51 2 273. 77 2018年2月16日-17日 () 3 104. 17 3 202. 73 2 306. 90 2018年2月9日-12日 団体戦() 1 103. 25 - 5 団体 2018年1月24日-27日 () 1 100. 49 2 197. 45 2 297. 94 2017年12月20日-24日 () 1 96. 83 1 186. 47 1 283. 30 2017年12月7日-10日 () 2 101. 51 1 184. 50 2 286. 01 2017年11月17日-19日 () 2 93. 92 1 179. 40 2 273. 32 2017年10月27日-29日 () 1 103. 62 1 197. 48 1 301. 10 2017年10月7日-日 () 3 175. 45 2 団体 2017年9月14日-17日 () 1 104. 87 1 214. 97 1 319. 84 銅メダル 2016-2017 シーズン 開催日 大会名 SP FS 結果 2017年4月20日-23日 () 1 103. 53 2 198. 49 1 団体 302. 02 2017年3月27日-4月2日 () 2 104. 86 2 214. 45 2 319. 31 2017年3月10日-12日 2017年() 1 104. 31 1 199. 37 1 303. 68 2017年2月25日-28日 () 2 92. 43 1 188. 84 1 281. 27 2017年2月14日-19日 () 2 100. 28 3 187. 77 3 288. 05 2016年12月22日-25日 () 2 88. 05 1 192. 36 1 280. 41 2016年12月8日-11日 () 4 86. 82 2 195. 69 3 282. 51 2016年11月4日-6日 () 1 98. 59 2 186. 48 2 285. 07 2016年10月21日-23日 () 1 89. 15 1 190. 19 1 279. 34 2016年10月1日-日 () - 1 198. 55 1 団体 2016年9月8日-11日 () 1 86. 68 2 172. 25 1 258. 93 のショートプログラム 2015-2016 シーズン 開催日 大会名 SP FS 結果 2016年4月22日-24日 () 1 105. 74 1 192. 92 注 2016年3月26日-4月3日 () 4 90. 74 6 173. 51 7 264. 25 2016年2月16日-21日 () 2 92. 99 5 176. 82 4 269. 81 2015年12月24日-27日 () 2 97. 94 3 169. 21 2 267. 15 2015年12月9日-13日 () 4 86. 47 4 190. 32 3 276. 79 2015年11月13日-15日 () 1 89. 56 中止 1 2015年10月23日-25日 () 4 80. 78 1 176. 65 2 257. 43 2015年10月3日-日 () - 1 185. 48 1 団体 2015年9月16日-20日 () 9 52. 45 1 154. 96 5 207. 41 優勝 2014-2015 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2015年3月2日-8日 () ジュニア 1 84. 87 2 147. 67 1 232. 54 2015年2月9日-15日 () シニア 2 88. 90 5 167. 55 5 256. 45 2015年1月21日-25日 第64回() ジュニア 1 73. 67 1 165. 40 1 239. 07 2014年12月25日-28日 () シニア 3 85. 53 3 165. 75 2 251. 28 2014年12月11日-14日 () ジュニア 3 75. 21 1 163. 06 1 238. 27 2014年12月4日-7日 第24回愛知県フィギュアスケート競技会() シニア 1 87. 14 1 2014年11月22日-24日 第83回() ジュニア 1 82. 72 2 128. 00 1 210. 72 2014年10月8日-11日 () ジュニア 1 74. 82 1 152. 69 1 227. 51 2014年9月11日-14日 () ジュニア 2 69. 78 2 150. 21 2 219. 99 2014年8月6日-10日 () シニア 1 71. 89 1 151. 26 1 223. 15 2013-2014 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2014年3月28日-30日 () シニア 1 72. 26 1 145. 51 1 217. 77 2014年3月10日-16日 () ジュニア 3 70. 67 5 135. 83 5 206. 50 2014年2月7日-11日 第50回中部日本フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 75. 17 1 139. 89 1 215. 06 2014年1月27日-31日 第69回国民体育大会冬季大会 フィギュアスケート競技() ジュニア 1 69. 40 1 141. 38 1 210. 78 2014年1月20日-24日 第63回() ジュニア 1 70. 86 1 139. 12 1 209. 98 2013年12月20日-23日 () シニア 6 72. 15 7 144. 34 7 216. 49 2013年11月29日-12月1日 第23回愛知県フィギュアスケート競技会() シニア 1 72. 89 1 2013年11月22日-24日 第82回() ジュニア 2 71. 61 3 134. 49 2 206. 10 2013年11月1日-4日 第30回西日本フィギュアスケートジュニア選手権() ジュニア 1 70. 37 2 130. 34 2 200. 71 2013年10月9日-13日 () ジュニア 3 67. 09 3 130. 73 4 197. 82 2013年9月27日-29日 2013年中部フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 70. 18 1 129. 26 1 199. 44 2013年8月27日-9月1日 () ジュニア 6 58. 22 3 117. 59 3 175. 81 2012-2013 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2013年3月20日-24日 第49回中部日本フィギュアスケート選手権() シニア 1 60. 56 1 131. 84 1 192. 40 2013年2月25日-3月3日 () ジュニア 7 61. 66 6 125. 42 7 187. 08 2013年2月13日-17日 平成24年度愛知県フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 67. 24 1 132. 60 1 199. 84 2013年2月2日-5日 第33回全国中学校スケート大会() ジュニア 1 69. 28 1 132. 73 1 202. 01 2012年12月20日-24日 () シニア 10 67. 56 10 131. 47 11 199. 03 2012年12月6日-9日 第22回愛知県フィギュアスケート競技会() シニア 1 61. 59 1 2012年11月17日-18日 第81回() ジュニア 2 66. 21 2 124. 37 2 190. 58 2012年11月1日-4日 第29回西日本フィギュアスケートジュニア選手権() ジュニア 3 60. 38 3 118. 47 3 178. 85 2012年10月10日-14日 () ジュニア 2 63. 48 1 125. 00 2 188. 48 2012年9月26日-30日 () ジュニア 4 61. 42 6 112. 92 6 174. 34 2011-2012 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2012年3月22日-25日 平成23年度愛知県フィギュアスケート選手権() シニア 3 61. 33 3 121. 91 3 183. 24 2012年2月27日-3月4日 () ジュニア 10 57. 71 10 118. 21 10 175. 92 2012年2月10日-12日 第48回中部日本フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 131. 38 1 2012年1月28日-30日 第32回全国中学校スケート大会() ジュニア 1 62. 76 1 120. 82 1 183. 58 2012年1月21日 団体戦() ジュニア 2 112. 72 1 団体 2012年1月14日-16日 () ジュニア 6 51. 52 2 115. 63 2 167. 15 2011年12月22日-26日 () シニア 7 63. 49 10 126. 93 9 190. 42 2011年12月8日-11日 第21回愛知県フィギュアスケート競技会() シニア 1 60. 38 1 2011年11月25日-27日 第80回() ジュニア 3 61. 56 5 111. 90 5 173. 46 2011年11月3日-6日 第28回西日本フィギュアスケートジュニア選手権() ジュニア 4 61. 75 3 119. 28 3 181. 03 2011年10月12日-16日 () ジュニア 4 56. 29 3 118. 86 3 175. 15 2011年9月30日-10月2日 2011年中部フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 59. 38 1 114. 35 1 173. 73 2011年9月14日-18日 () ジュニア 8 48. 69 3 114. 55 4 163. 24 2010-2011 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2011年3月11日-13日 平成22年度愛知県フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 54. 69 1 120. 66 1 175. 35 2011年3月5日 三笠宮賜杯第59回中部日本スケート競技大会() ジュニア 1 53. 56 1 108. 66 1 162. 22 2011年2月10日-13日 第47回中部日本フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 114. 12 1 2011年1月29日-31日 第31回全国中学校スケート大会() ジュニア 1 52. 19 1 108. 93 1 161. 12 2010年12月3日-5日 第20回愛知県フィギュアスケート競技会() シニア 2 54. 66 2 2010年11月26日-28日 第79回() ジュニア 3 57. 62 8 94. 42 4 152. 04 2010年10月29日-31日 第14回() ノービスA 1 101. 33 1 2010年10月1日-3日 2010年中部フィギュアスケート選手権() ノービスA 1 114. 53 1 2009-2010 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2010年3月25日-28日 () ノービス 1 53. 82 1 96. 26 1 150. 08 2010年3月19日-22日 第46回中部日本フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 110. 92 1 2010年2月19日-21日 平成21年度愛知県フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 55. 30 1 91. 88 1 147. 18 2009年11月27日-29日 第19回愛知県フィギュアスケート競技会() ジュニア 1 51. 83 1 2009年11月21日-23日 第78回() ジュニア 4 52. 95 4 95. 09 3 148. 04 2009年10月23日-25日 第13回() ノービスA 1 91. 91 1 2009年9月25日-27日 2009年中部フィギュアスケート選手権() ノービスA 1 94. 40 1 2008-2009 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2009年3月19日-22日 第45回中部日本フィギュアスケート選手権() ジュニア 1 42. 66 2 84. 66 1 127. 32 2010年3月5日-8日 () デブス 1 35. 93 1 63. 83 1 99. 76 2009年2月28日-3月1日 三笠宮賜杯第57回中部日本スケート競技大会() Bクラス 1 65. 66 1 2009年2月20日-22日 平成20年度愛知県フィギュアスケート選手権() Cクラス 1 66. 51 1 2008年12月5日-7日 第18回愛知県フィギュアスケート競技会() ジュニア 1 39. 38 1 2008年11月8日-9日 第12回() ノービスB 1 74. 74 1 2008年9月26日-28日 2008年中部フィギュアスケート選手権() ノービスB 1 69. 14 1 2007-2008 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2008年3月29日-30日 () スプリングス 1 52. 35 1 2008年2月22日-24日 平成19年度愛知県フィギュアスケート選手権() ジュニア 6 30. 96 6 61. 26 6 92. 22 2007年12月8日-9日 第17回愛知県フィギュアスケート競技会() ノービスB 1 56. 25 1 2007年10月27日-28日 第11回() ノービスB 1 60. 37 1 2007年9月28日-30日 2007年中部フィギュアスケート選手権() ノービスB 1 59. 27 1 2006-2007 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2007年3月9日 平成18年度愛知県フィギュアスケート選手権() Bクラス 1 39. 29 1 63. 14 1 102. 43 2006年12月9日 第16回愛知県フィギュアスケート競技会() Bクラス 1 33. 23 1 2006年10月28日-29日 第10回() ノービスB 4 50. 19 4 2006年10月1日-2日 2006年中部フィギュアスケート選手権() ノービスB 1 48. 01 1 2005-2006 シーズン 開催日 大会名 カテゴリー SP FS 結果 参照 2006年2月24日 平成17年度愛知県フィギュアスケート選手権() Cクラス 1 40. 52 1 2005年11月26日-27日 第15回愛知県フィギュアスケート競技会() Cクラス 1 37. 名古屋市スポーツ功労賞(2016年 、2017年 、2018年 )• 愛知県スポーツ功労賞(2017年 、2018年 )• JOC杯(2018年 )• 第33回中日体育賞(2018年 )• 第52回,第53回 (2017年、2018年) 世界記録 [ ]• :「4回転フリップ」をISU公認大会で史上初めて成功 「」ショートプログラム メディア出演 [ ] テレビ番組 [ ]• 『』(2015年6月3日、2016年9月26日、2017年10月30日、2018年9月24日)• いつか頂を越えたい フィギュアスケート・宇野昌磨(2017年3月18日)• 誰も見たことがない頂へ~フィギュアスケート 宇野昌磨~(2018年2月3日)• 『宇野昌磨 夢へのステップ』(2017年6月6日)• 『 氷上の貴公子 宇野昌磨』(2017年7月4日)• 『最高の舞台でつかんだ銀メダル~フィギュアスケート・宇野昌磨~』(2018年3月4日)• 『オモイカケル』(2018年7月4日 - 25日) CM出演 [ ]• 「DHC ホットボディジェル」(2019年 - ) サポート・アドバイザリー契約他 [ ]• 株式会社コラントッテ (2017年01月10日 - )• ブランドアンバサダー 2019年7月に契約を締結。 出版物 [ ]• 『宇野昌磨「飛翔」 2018年カレンダー』 壁掛け版&卓上版(2017年9月20日、)• 『宇野昌磨 ニューヒーロー 銀メダルへの軌跡』 2018年3月9日、• 2018年1月19日• web. archive. org 2016年5月3日. 2019年8月29日閲覧。 Guinness World Records 2016年10月3日. 2019年5月16日閲覧。 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