白鳥藍良 星5。 あんさんぶるスターズ!! フルグラフィックTシャツ /(15)白鳥藍良★受注生産品★|エンスカイ公式通販サイト

あんさんぶるスターズ!! フルグラフィックTシャツ /(15)白鳥藍良★受注生産品★|エンスカイ公式通販サイト

白鳥藍良 星5

1曲まるごと収録されたCDを超える音質音源ファイルです。 <フォーマット> FLAC (Free Lossless Audio Codec) サンプリング周波数:44. 1kHz|48. 0kHz|88. 2kHz|96. 0kHz|176. 4kHz|192. 0kHz 量子化ビット数:24bit• ハイレゾ商品(FLAC)の試聴再生は、AAC形式となります。 実際の商品の音質とは異なります。 ハイレゾ商品(FLAC)はシングル(AAC)の情報量と比較し約15~35倍の情報量があり、購入からダウンロードが終了するまでには回線速度により10分~60分程度のお時間がかかる場合がございます。 ハイレゾ音質での再生にはハイレゾ対応再生ソフトやヘッドフォン・イヤホン等の再生環境が必要です。 詳しくは をご確認ください。

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[スタプロの新米] 白鳥 藍良

白鳥藍良 星5

2020年3月15日、アプリ『あんさんぶるスターズ!』は『あんさんぶるスターズ!!』にバージョンアップした(以下、旧題を「ズ!」、新題を「ズ!!」とする)。 そして2020年6月13日、約3ヶ月かけてファンを熱狂の渦に巻き込んだ「ズ!!」のメインストーリーは幕を閉じた。 ——アイドルとは、何だ? 『アイドルを滅ぼす。 』その為にアイドルとは何なのかを知ろうとした天城一彩。 『ほんものの、アイドルになる。 』というテーマを掲げた「ズ!!」というコンテンツ。 私はこの物語が「ファンとは何か」という裏のテーマも抱えているのではないかと考えた。 アイドルは、ファンがいなければ成り立たない——つまり、アイドルとは何かを考える上で、ファンという存在は欠かせないのだ。 本記事では「ズ!!」作中のファン描写をもとに「アイドルとファンの関係性」及び「ファン」とは何かを考えたい。 なお、本記事はあくまで一個人の感想に過ぎないため、必ずしも「正解」ではないことをご留意願いたい。 白鳥藍良という「ファン」 そもそも「ファン」とはどのような人を指すのか。 アイドルを愛している人——それだけならば、天祥院英智だってそうだろう。 彼が本気でアイドルを愛していることは、仇敵である斎宮宗や逆先夏目も認めるところだ。 他のアイドルたちだって、アイドルを愛している。 「ファン」というのは、観測者のことだ。 私はそう思う。 舞台の上で輝く綺羅星たちを見つめ、応援する人たち。 見て、歓声を上げることしかできないが、彼らなしでは「アイドル」は、星は存在することすらままならない。 プライベートな一個人として言葉を交わすことはほぼ不可能なのに、愛し、愛されることができる。 そういう「ファン」が、「ズ!!」の物語にも姿形を与えられ、存在する。 それが白鳥藍良だ。 彼は自らもESに所属するアイドルでありながら所謂「ドルオタ」であり、ネットにも精通しているため「ファン」という集団の意見——世論を弁えている。 この物語において白鳥藍良は「ファン心理の代弁者」であり、彼のそういった役回りに救われた「ズ!!」のファンも少なくはないだろう。 とはいえ、同じくアイドルオタクの真白友也にもこういった側面はある。 しかし、ファンは時に身勝手で無遠慮だ。 自分より高みに座するアイドルのことを、血の通った一個人として見られない時もある。 そういった側面も併せ持った「ファン」像に、真白友也は適さなかったのだと思う。 つまり、白鳥藍良は「ファン」という概念に適する唯一のネームドキャラである。 UNDEADと「ファン」 「俺たちはUNDEAD。 朔間先輩率いる夜闇の魔物だ」 これはあんさんぶるスターズ!DREAM LIVEにて恒例の、乙狩アドニスがMCで披露する口上である。 一言一句間違ってはいないのだが、彼が言うとどことなく「過激で背徳的」からはズレてしまうような雰囲気がある。 そこに羽風薫が毎度フォローを入れるところまで含めて恒例になっている。 私は「ズ!」の物語を知っているから、彼らが心根の優しい人たちであることをよく知っている。 だからこそこのやりとりは微笑ましいものであり「過激で背徳的」なだけでは怖くて近寄り難い人にとっても好ましいのだ。 でも、アイドルのUNDEADしか知らない「ファン」はどうだろう。 それが描かれていたのが第二章「問題児」だ。 「……『UNDEAD』が親しみやすくて良いのか、って気はするけどな」 「いや、独り言。 おれみたいに半歩でもESの外にいるとよくわかるんだけど……な~んか近ごろ、みんな全体的に空回りしてないか?」 (第二章「問題児」第五十話「Midnight」より) 仁兎なずなのセリフだ。 「過激で背徳的」を売りにしている彼らは、しかし近ごろバラエティ番組などの出演も増えた。 高校を卒業した、二枚看板の二人——朔間零と羽風薫が率先して、芸能界ではまだまだ知名度が低い新人だからと、彼らなりに愛されるよう努力した結果だろうということが伺える。 しかしそれは「今まで応援してきたファン」にとっては不満や不安に繋がり、そして賽は投げられた。 Crazy:Bは刺激に飢えていたUNDEADのファンたちに、お望み通り強烈なパフォーマンスを浴びせた。 この時点では作中ファンもCrazy:Bの毒を肯定的に捉えていたと思う。 少なくとも、この時点では。 資本主義化されたアイドル 天城燐音に対する批判が燃え上がったのはいつからか。 少なくとも私が目に見えて燃えていると感じたのは紅月戦からである。 それでもまだ局地的な「紅月推し界隈内」での炎上だと感じていた。 事態が取り返しのつかないものになったのはやはり【アイドルロワイヤル】だろう。 Crazy:B——とりわけ天城燐音が、禁忌を侵したことは藍良の心情に明記されている。 (こ、こいつら……! 『Crazy:B』! 本当に何を考えてるのォ、やばすぎる! 前から舞台上で暴力を振るったりとかやりたい放題だったけど 去年の『SS』以来——禁忌になってる『他のアイドルへのバッシング』を堂々とやり始めたよォ!? ) (第四章「大戦争」第百二十五話「Bashing」より) 公開直後から、この場面には賛否両論様々な意見がネットの海を飛び交っていたと思う。 『紅月』や『流星隊』、今まで愛して応援してきたアイドルたちを傷つけられたことに悲しみ、怒り、『Crazy:B』を、天城燐音を許せない人。 「推し」じゃないけど、嘘や捏造を使ってまで他人を貶めるのはよくないと、善悪の観点からジャッジする人。 しかし、天城燐音の主張も無視できるものではなかった。 彼はESの「よりL$を稼いだユニットが優れている」とされるシステムを逆手にとった。 上記のような『他のアイドルへのバッシング』を行うユニットが、一夜にして大量のL$を稼いだら? それは本当に『優れたアイドル』なのか。 (ESでは、たくさんL$を稼げるアイドルが優秀な、本物のアイドルだって言われてるもんね でも本当に、そうなの? 『Crazy:B』こそが正しいアイドルで、おれたちや、他のアイドルはみんなそうじゃないってこと? 駄目で劣っていて、偽物ってこと?) (第五章「一番星」百二十七話「Claw Marks」より) 資本主義社会において、アイドルとは「愛をお金に換える商品」だ。 「愛」という目に見えないものに価値を与えるのはアイドル——舞台上で歌って踊る、煌びやかな人間たち。 「愛」という強い感情に「ちょうどいい値段」などない。 だからアイドル産業は栄えるのだ。 しかし「お金」には限りがある、だから優先順位をつけて、自分の『最推し』を見つけて、出費をコントロールしなくては、生活が立ち行かない。 そこでファンは迫られるのだ。 アイドルへの愛に、順位をつけることを。 資本主義社会においては「より優れているもの」が富を得る。 どこもかしこも競争社会だ。 アイドルはもちろん、ファン同士での競争も存在する。 誰も彼も「自分が一番」だと思いたいのに、数値化されてしまうと差がでる、そしてどうしようもなく他人と比べてしまう。 「ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン」だなんて、そう思えるのは余裕のある人間だけ。 誰だって多かれ少なかれ他人の立っている場所が羨ましいのだ。 閑話休題。 そうやって「ファン」が「アイドル」に順位をつけることで、ファンは加害者になってしまう。 選ばれなかったアイドルたちは当然、資本主義社会の敗北者として舞台を去らなくてはならない。 【盂蘭盆会】を最後の思い出に辞めていった弱小ユニットたちのように。 「ファン」の愛が、アイドルを傷つけることもある。 つまり、天城燐音が禁忌とされるバッシング行為までして示したのは「今のESが掲げる、資本主義化されたアイドル産業への疑問提起」だ。 『アイドルは芸術と呼ぶほど高尚でもねェけど、単なる稼ぎ口のひとつ——ってだけの職種のひとつでもねェ! もっとキラキラとした、尊いもんだったはずだろ? こんなふうに、システマチックでいいのか? そのほうが安定してるし、そこに投資すれば儲かるし、まァ資本主義社会においては正解なのかもしれねェけどよォ? ぶっちゃけ、それってアイドルである意味があンのか?(中略)そういう理屈で、仕組で動いてるESに、俺は俺が大好きなアイドルってもんを貶められて侮辱された気分になったんだけどなァ?』 (第五章「一番星」第二百十九話「Crying」より) そんな中、四章後半が公開された頃には「サミット」の面々を批判的に捉える意見も見た。 茨がCrazy:Bを「予防接種のワクチン」「まずいことになったらいつでも切り捨てられる」と言ったことに、誰も異を唱えなかったからだ。 もちろん、茨の発言にはまだ裏があると踏んでのことでもあるだろう。 Crazy:Bはあくまでコズプロ所属のユニットであり、他事務所が口出しできないからと擁護することもできる。 そうはいっても「もう二度と、誰も失いたくない」と言った朔間零や天祥院英智が沈黙を選んだのは、自分とその近くにいる人たちの安全を守って初めて他人にてを差し伸べられるからではないか。 彼らの愛するアイドル像に見合わない「アイドル」は、失いたくないものから除外されてしまうのか? 『正解』を選べない者は淘汰されて当然なのか? そういうことを、考えてしまう。 天城燐音と「ファン」 「まァね。 話が逸れちゃうけど——おれも小学生のころとかによく言われたもん、『何でアイドルなのか』ってさァ?(中略)『みんな』がやってるからって、それが『正解』なのかって不満だったよォ。 いかにも思春期って感じだけど……だから今年の春に、ESが落成してすっごく嬉しかった きみは間違ってないよって、初めて誰かに言ってもらえた気がして」 (第五章「一番星」第百六十二話「Analyze」より) 天城燐音が否定したESに、救われた者もいる。 たった一つの『正解』などどこにもないのに、「みんな」と違うだけで自分が『不正解』を選んでしまったような気持ちになる。 大衆心理を掌握できた者が勝利するアイドルという世界なら尚更。 生まれながらにして持っているカードは残酷なほど不平等で、己の手札を有効活用できなければ、この世界では生き残れない。 人間は、世界はこんなにも不平等で、思い通りにならない。 それは、みんなそれぞれ違っているから。 ESに救われた藍良とESに否定された燐音。 違いがあるからこそ分かり合えないこともあるが、手を取り合えることもある。 ——「ファン」と「アイドル」も、きっとそうなんだと、私は思う。 天城燐音は、全ての憎しみが自分に向くように仕向けた。 その策略は、アイドルとしての天城燐音を愛している人が一人もいないことを前提として作られていたように思う。 第五章は前・中・後編に分けて公開されたが、前編公開時点で「燐音をふん縛ってでも故郷に帰さない」「頼むから愛させてくれ」こういった趣旨のツイートをたくさん見た。 もちろん、燐音が他のアイドルを傷つけたことを、まだ許せない人もいるだろう。 それでも、天城燐音のことを愛している人は既に、この世界にたくさんいた。 だから彼が、彼のファンを踏みにじるような蛮行を繰り返して、悲しい思いをした人も少なくはないと思う。 たとえそれが今の「否定され続けて、疲れ切って、もうアイドルとして生きる気のない天城燐音」にとってはエゴでしかなくても。 『なァ一彩、確かにてめェの言い分は正しい いろいろ現実的に考えると難しい部分もあるんだろうけどよォ、アイドルと家業を同時に続けるのも絶対に不可能じゃねェとは思う でもさ、俺の気持ちはどうなる? そんなふうに無理して二つの仕事を掛け持ちしてまで、俺がアイドルとして舞台に立つ意味は? 今の俺に、その意欲があると思うか?』 (第五章「一番星」第二百十二話「Anoxia」より) (あァ、そうだ……。 いつだったかの舞台に、たまたま通りがかった感じで立ち寄ってくれたお客さんだ(中略)あんたは生まれつき声も出せない、文字も書けない、自分の意志を主張することができない気弱な子で でも、俺のファンになってくれた。 俺の歌を聴いて、好きになってくれた。 適当にサインを書いた紙袋を、大事に大事に飾ってくれた 『あの日から、ちょっと娘は元気になった。 よく笑うようになった、あなたのお陰だ』って——手紙には書いてあったな) (第五章「一番星」第百二十五話「Treasure」より) どれだけ本心から「アイドルになりたかった」と言っていても、否定され続けた苦しみは消えない。 天城燐音が疲れ切った心身を引きずって、彼の、彼自身が一番許せないと思っている蛮行への批判を一身に受けながらも、ESという、彼を苦しめ続けた強大で、冷たく、大きな箱の中でなおもアイドルを続ける意味があるのか。 「ズ!!」の物語がここまで描き切ってくれて心から良かったと思う。 天城燐音にはもう、希望がなかった。 彼自身が諦めて、目を背けてしまったのだけれど。 紙袋の女性は「声も出せない、文字も書けない」声を上げられない「ファン」だ。 時に「ファン」はSNSや握手会などで「アイドル」に声を届けることができる。 ライブや、ファンレターもそのひとつだ。 そのどちらもできない、声なき「ファン」の存在を思い出すことで、天城燐音はまた、この地獄に残ることを選んだ。 それがどれほど苦しい選択か、私にはわからない。 けれど「帰ってきてくれてよかった」と、心から思う。 私もまた、この物語を通して天城燐音の「ファン」になった一人だからだ。 おわりに 「ファン」とは何か。 「アイドル」とは何か。 私たちはそんな当たり前のことを、時々忘れてしまう。 私は「あんさんぶるスターズ」における全てのアイドルたちが己にとっての正解を見つけるまで、「ほんものの、アイドルになる」まで、目撃者でありたい。 願わくばずっと、この物語の観測者でありたいと思う。

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