吉永 小百合 高倉 健 共演。 吉永小百合、高倉健さんに感謝…『動乱』で共演

動乱 (映画)

吉永 小百合 高倉 健 共演

1976年にはじまり、今年で放送45年目に突入した『徹子の部屋』。 6月11日(木)放送の同番組では、これまで延べ1万2000人以上のゲストと黒柳とのトークのなかから、特別企画として豪華な顔ぶれによる傑作選をお届けする。 今回は「豪華!『意外な顔合わせ』」編と題して、過去のゲストたちの出演回を振り返る。 映画の共演で親しくなったという高倉健さんと吉永小百合。 寡黙な名優というイメージの強い高倉さんだが、吉永は「実は一緒にいると、笑いじわが増えてしまうほど楽しい人」と、その意外な素顔を明かす。 妊娠、出産、ヒデさんの死、といった人生の岐路にはいつも互いがいた。 豪快かつ心に響く親友ならではのエピソードを語る。 また伊東四朗と小松政夫も互いの家を行き来するほどの仲。 そして女優の星由里子さんとライフコーディネーターとしても活躍中の浜美枝。 2人の関係は、なんとライバル!? 話はデビュー当時にさかのぼる。 同じオーディションを受けて切磋琢磨していた2人だが、いつしかそれぞれに自分の人生をみつけ歩き出した。

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吉永小百合、高倉健さんに感謝…『動乱』で共演

吉永 小百合 高倉 健 共演

創立50周年記念作品として公開された「 海峡」(1982)を見た。 「」(1973)「」(1977)「」(1979)の 監督が、から約30年にわたりの工事に執念を燃やす技師らの物語を描いた映画。 撮影は。 音楽は。 (現JR などの鉄道建設事業を行っていた「」(略称は鉄道公団、2003年解散)などが協力。 「動乱」で初共演した 、が再び主演。 ほかに、 、 、、、 、、など豪華出演陣。 オーディションで新人2人(約6000人から、約12000人から)が出演。 映画のラストでは作業員達がトンネル貫通に湧くシーンが描かれたが、実際の先進導坑貫通は本作公開の翌年、本坑全貫通は。 ・・・ 地質学を修めた、阿久津剛( )はを実現するために、地質調査に龍飛に訪れた。 そんな折、岸壁から身を投げようとしていた女、多恵( )を救い、呑み屋に世話する。 再び生きる気持ちになった多恵は、何かと阿久津の世話をし始める。 の人事によって、阿久津が他の土地に転勤になり、当時の総裁の方針などで、なかなか計画の進まない時も訪れる。 旅館の女将だった多恵()は火災で従業員を失くし、自身を責める気持ちと生きる希望を失ったことで、極寒の地で身投げするところを阿久津に助けられる。 以来、単身赴任の阿久津に尽くすのだが・・・。 阿久津の父()の看病をしている妻()は、北国の生活は性分に合わずに、トンネル開通に使命を感じている阿久津とは別々に暮らしている。 時は流れて25年。 多恵の飲み屋に現れた阿久津。 仕事で、何十年も酒を絶っていたが、熱燗を飲むことに。 阿久津の隣に来て、お酌をする多恵。 「25年も経ったんですね」と多恵。 阿久津は酒を飲み干したおちょこを多恵に渡し、徳利で酒を次ぐ。 多恵は飲み終えるとおちょこを阿久津に返して、もう一度酒を注ぐ。 横で涙を抑えられない多恵。 決して心の内を言葉にはしない阿久津だが、心情が伝わる名シーンだ。 「駅 STATION」での飲み屋のとのシーンにもかぶさる。 「」と比べると、ダイナミックさやスケール感に乏しい。 142分も長さを感じさせる。 「動乱」に続く、の共演 撮影当時、36歳、51歳。 小百合は26歳から51歳、は30代から60歳くらいまでを演じている。 、、、、など多くの名優はいまはいない。 fpd.

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吉永小百合、健さんとの初共演作品で「もう1回、映画やってみようと」

吉永 小百合 高倉 健 共演

富良野駅、ファーム富田、ニングルテラス、そしてなんとゴミ収集車まで!。 こんな写真を撮るのは「2002遺言」を見た人以外にはないと思う(笑)。 それ以降、筆者は北海道に関連する映画やドラマを積極的に観るようなった。 さて、北海道を舞台に撮影された大作映画といえば、どうしてもこのふたりに行き着くと思う。 高倉健と吉永小百合は、それぞれ多くの主演映画を持つ身だが、実は青函トンネル工事を題材にした「海峡」(1982年)という作品で、共演を果たしている。 両者の主演作品には、撮影当時を偲ぶ建物やセットを今でも残しているロケ地が多いので、映画を観てから訪ねると感慨深いものがある。 写真は健さん主演の「鉄道員(ぽっぽや)」のロケ地になった「幾寅駅」。 「道の駅南ふらの」の近くにあり、映画では「幌舞駅」の名前で登場する。 ただ年々風化していく幾寅駅周辺の景色を見ると、「町には金がないんじゃぁ」という悲痛な声が聞こえてきそうで、一抹の寂しさを感じずにはいられない。 映画は高倉健の無骨さ・不器用さと、小林稔侍のなんとも「ほっこら」した友情関係が印象的で、北の国からの「純君」こと吉岡秀隆も出演していた。 なお、この作品では健さんの妻役は大竹しのぶ。 倍賞千恵子はたぶん、NHKの連ドラ「すずらん」でスケジュールが合わなかったのでは…(笑)。 高倉健の主な主演映画とロケ地 「網走番外地」シリーズ 1965年~ 実際にあった囚人脱走計画事件がモデルになった作品で、冬の網走市が舞台。 幸福の黄色いハンカチ(1977年 ) 偶然であった3人組が、釧路、網走、阿寒湖、帯広をドライブし、夕張でフィナーレ迎える感動の名作。 あまりにも有名なので、もしまだ見たことがないという人は下のサイトであらすじをご覧いただきたいのだが、個人的には刑期を終えた健さんがシャバに出て、初めてラーメンを食べた時の「食べ方」が強烈にカッコよく思え、ちょっとマネをしてみたくなった(笑)。 演技だけで「久しぶりに食べるラーメンへの期待感とうまさ」を伝えられる高倉健は、やっぱりすごい俳優さんだ。 また、役者としてまだ駆け出しだった武田鉄矢が乗っていた真っ赤なファミリも、夕張の「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」に展示されている。 遥かなる山の呼び声 1980年 道東の四季折々の映像も楽しめる、中標津町、別海町の牧場を舞台にした映画。 駅 STATION 1981年 この映画を見れば、増毛という町がどういうところだったのかがよくわかる。 物語の中の健さんの故郷「雄冬」は道路交通の難所で、国道231号が通年通行できるようになったのは、なんと1999年(平成11年)。 この映画が撮影された遥か後のことだ。 ロケ地というかたちで今も残る風待食堂は、増毛の観光案内所を兼ねている。 なお、増毛駅は2016年末に廃駅となり、今は鉄道が通ることはない。 映画では倍賞千恵子の艶っぽい演技にご注目。 幸せの黄色いハンカチ当時から、ワンランクアップしたその色気は世間を騒がせた。 また、映画を見た時には気づかなかったが、この作品の脚本はなんと倉本聰。 そういわれれば、あの独特の暗さは「北の国から」に通じる倉本ワールドなのかもしれない(笑)。 年代的には「北の国から」とかぶっているが、映画なのでこちらが先だったのかもしれない。 居酒屋兆治(1983年) 函館市の金森レンガ倉庫でロケ。 南極物語 1983年 第1次南極観測隊の樺太犬訓練が行われた稚内公園に、記念碑が建立されている。 吉永小百合の主な主演映画とロケ地 いっぽう、吉永小百合の主演映画は平成に撮られた「北の3部作」が有名だ。 北の零年(2005年) 中でも筆者の印象が強いのは、その最初に作品にあたる 「北の零年」(2005年、監督:行定勲)だ。 この映画は 渡辺謙と吉永小百合が共演した話題作だったので、劇場にも足を運んでいる。 舞台はサラブレッドのふるさと静内。 「北の零年」は史実に基づいており、静内には淡路島から北海道静内へ移住を命じられた徳島藩・稲田家の人々が暮らした遺構が残されている。 北のカナリアたち(2012年).

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