しらく つま。 立川志らく結婚相手の嫁は酒井莉加!子供や過去の離婚歴がヤバ過ぎた!

花洛細見圖 5

しらく つま

まず、お断り アイキャッチ画像と、タイトル及び本文とは関係ありません。 それから、今回のタイトルは、一般視聴者やユーザーにとっては別に普通かもしれませんが、テレビ関係者にとっては思いっきり挑発的に感じるような表現にしてしまいました。 でも別に炎上マーケティングを狙ったのではありません。 真面目に考えました。 テレビはつまらなくなった…を認める? 「テレビがつまらなくなった」といろんな人に言われる。 中には「私は民放は見ないことにしているんだが、なぜ最近のテレビはつまらなくなったんだ?特に民放がひどい。 」などと言うご仁もいる(見てないのになぜつまらないってわかるんだ!)。 こういう発言は、なぜか大新聞のOBの方からよく言われる。 見てもないのにつまらないと決めつけるのはともかく、私は「つまらない」という意見が「けしからん!」と思っているのではない。 なぜなら私自身も「テレビはつまらなくなった」と感じているのだから。 あやとりブログは、テレビの制作現場の方々にも読まれているので、現場で日々苦闘されている方々からは反発されるだろう。 「あなたはテレビの敵なのか」とか「テレビから給料をもらっていてよくそんな発言ができるな」とか。 それらはいちいちごもっともです。 でも言い訳ではないけれど、私はテレビの様々な現場や、裏方、放送外事業の仕事もして30年以上、TBSにメシを食わせてもらってきた。 ずっとテレビの味方のつもりだったし、テレビがもっともっと元気でいてほしいと今も強く願っている。 だからこそ「今のテレビはつまらない」を認める事から始めようじゃないか、と思うのだ。 「テレビ離れなどない」とか、「テレビの力は全然衰えていない」とか、「テレビは今でも面白い」という意見もある。 もちろん高いお金を出してスポンサーになっていただいているお客様の手前、このような建前を崩すのはとても怖いし容易ではないことはよくわかっている。 しかし、テレビを見てくださっている視聴者も、ユーザーも、それに大切なスポンサーも、既にかなり前から気づいているのではないだろうか。 自分たちはテレビを見なくなってきていること、テレビはスマホに比べれば別に自分にとって大切じゃないこと、テレビはあんまり面白くなくなっていることを。 今の閉塞状態からなんとか抜け出さなければならない、と思わないテレビマンはいないはずだ。 「今、テレビはつまらなくなっている」、それを認めたところから議論は始まる。 テレビはつまらなくなったというよりも・・・ テレビ業界でも「最近のテレビはつまらくなった」と感じているのは、私だけではない。 かつて番組制作の現場で同じ釜の飯を食っていた古い友人に会うとよくこの話題になり、意見が一致してしまう。 私の3年後輩で、ドラマ史に残る数々の名作を生み出した貴島誠一郎さんとフェイスブック上でこのテーマを語りあった際、貴島さんは「テレビはつまらなくなったというよりも、面白いものの数が少なくなった。 つまり多様性を失った。 理由はご推察通りで・・・」とメッセージを寄越してくれた。 その通りです!「つまらなくなった」をもっと正確に言うと、「どの局を見ても同じような番組しかやっていないので、全体としてつまらなく感じてしまう」ということなのだ。 ではその原因は何なのか。 これが今回のテーマ、ようやく本題に入ります。 視聴率のせいだ またまたテレビ関係者から反発を食らうようなサブタイトルにしたが、言うまでもなくテレビにとって視聴率は極めて重要です。 それはよくわかっています。 テレビは広告を買っていただく事で視聴者にはタダで番組を見ていただける。 その広告価値を測る唯一の尺度が視聴率だ。 視聴率は巨額のテレビ広告売上げに直結するので、利益を出して株主に還元しなければならない経営者は、「視聴率を少しでも上げろ!」、「番組をハズすな!」という指令を現場に出す。 さらに利益を捻出するために「金をかけるな!」という指令が加わり、過度な演出や番組制作上の瑕疵を追及する社会の声も大きいので「ミスを犯すな!」という指令も加わる。 どれももっともなことだ。 経営者として正しい判断に思える。 しかしそれによって高い視聴率を獲れる番組が多く生まれるのか、というとむしろ逆の効果をもたらしている。 楽しく読ませていただきました。 私は報道関係者ではないシロウトですが、テレビがつまらなくなったのはもっと構造的な問題ではないのかな?と思ってます。 日本のマスコミは官僚化してないでしょうか。 特権階級となっていて、競争する必要はないんじゃないですかね。 だって電波利権によって新規参入がありません。 トヨタやホンダのように「世界と戦う」必要がないんですよね。 だから「ミスさえしなければ良い」という考えになるのだろうと思います。 先日テレビをつけたら、ナショナル・ジオグラフィックの映像を垂れ流して芸人にコメントさせていました。 とんでもない堕落だと思いました。 本当はどんどん新規参入を許して、つまらないテレビ局は淘汰されるべきです。 新しいこと、楽しいこと、クリエイティブでイノベーティブな企業が生き残って、それをしようとしない企業は潰れなければならない。 市場競争のない企業に良い商品は作れません。 したがって、マスコミの特権階級を解決しないかぎりは未来永劫日本のマスメディアはつまらなくなる一方だと考えています。 「こんなことを言ってもしょうがない」のかもしれませんが…….

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【画像】立川志らく嫁の不倫キス写真!酒井莉加と弟子が深夜の路チュー!

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今まで七回に分けて千字文の読み方 音読み と、読み下し文、そして意味についてご紹介してきました。 今日は、度に全部見たい!という方のために、ここにまとめて掲載しようと思います。 天は玄 くろ く地は黄色。 宇宙は果てしなく広い。 日月盈昃 ジツゲツエイショク 辰宿列張 シンシュクレッチョウ じつげつはみちかたむき、ほしぼしはならびひろがる。 日はのぼり西に傾き月は満ち欠けする。 星は星座に宿りが並び広がる。 寒來暑往 カンライショオウ 秋收冬藏 シュウシュウトウゾウ さむさきたりあつさゆき、あきにおさめふゆにたくわう。 寒さが来れば暑さは去る。 秋に穫り入れ冬に蓄える。 閏餘成歲 ジュンヨセイサイ 律呂調陽 リツリョチョウヨウ じゅんよとしをなし、りつりょはようをととのう。 閏 うるう 月で余った日数を整える。 音曲を調子よく吹き鳴らせば陽気が整う。 雲騰致雨 ウントウチウ 露結為霜 ロケツイソウ くものぼりてあめをいたし、つゆむすびてしもとなる。 雲が起これば雨をもたらし、露が凍れば霜となる。 金生麗水 キンセイレイスイ 玉出崑岡 ギョクシュツコンコウ きんはれいすいにしょうじ、ぎょくはこんこうにいず。 金を産すは麗江の流れ、玉石を出すのは崑崙の山。 劍號巨闕 ケンゴウキョケツ 珠稱夜光 シュショウヤコウ けんをきょけつとごうし、たまをやこうとしょうす。 巨闕 きょけつ という名剣と夜光の珠はともに至上最高の宝。 果珍李柰 カチンリダイ 菜重芥薑 サイチョウカイキョウ かはりだいをちんとし、さいはかいきょうをおもんず。 珍重果実はすももとからなし。 重宝野菜はからしとしょうが。 海鹹河淡 カイカンカタン 鱗潛羽翔 リンセンウショウ うみはしおからくかわはあわし、うおをひそみとりはかける。 海は塩からく、河は淡白なものだ。 魚は水中に潜り、鳥は空を飛び駆ける。 龍の伏羲と火の神農、鳥の小皞 しょうこう の三皇が世を治めた。 始制文字 シセイモンジ 乃服衣裳 ダイフクイショウ はじめてもじをつくり、すなわちいしょうをきる。 はじめて文字を作ったのは蒼頡 そうけつ 、上下衣服を作ったのは胡曹 こそう。 推位讓國 スイイジョウコク 有虞陶唐 ユウグトウトウ くらいをおしくにをゆずる、ゆうぐととうとうは。 文字や衣服ができ秩序が定まってきたので賢者に帝位を譲った。 陶唐 とうとう 氏が有虞 ゆうぐ に、有虞が禹 う に譲位したように。 弔民伐罪 チョウミンバツザイ 周發殷湯 シュウハツイントウ たみをあわれみつみをうつ、しゅうのはついんのとう。 民を哀れみ、周の武王は罪ある殷 いん の湯王を討った。 坐朝問道 ザチョウモンドウ 垂拱平章 スイキョウベンショウ ちょうにざしてみちをとい、すいきょうしてべんしょうす。 玉座に座してただ治道を問う。 衣を垂れ手をこまねいきながら天下治める。 愛育黎首 アイイクレイシュ 臣伏戎羌 シンプクジュウキョウ れいしゅいつくしみそだて、じゅうきょうをしんぷくせしむ。 名君は民を愛しみ育てる。 外では蛮族を服従させ徳を天下に知らしめる。 遐邇壹體 カジイツタイ 率賓歸王 ソツビンキオウ とおきもちかきもちをひとつにし、そつびんおうにしたがう。 遠き近きも諸国が一体となり、地の果ての人々までも王に従う。 鳴鳳在樹 メイホウザイジュ 白駒食場 ハククショクジョウ おおとりはきにあってなき、しろこまはにわにはむ。 天下治まり名君がいる時は鳳凰 ほうおう が樹で鳴き、王に意見を求めに来た賢者の白馬は草を食む。 化被草木 ガヒソウボク 賴及萬方 ライキュウバンポウ かはそうもくをもおおい、らいはばんぽうにおよぶ。 名君の徳化は草や木まで及ぶ。 民の幸いは国々に満ちる。 思うに我が身体髪膚 しんたいはっぷ。 身は地水火風の四大から成り、心には仁義礼智信の五常を備える。 恭惟鞠養 キョウイキクヨウ 豈敢毀傷 キカンキショウ うやうやしくきくようをおもい、なんぞあえてきしょうせん。 我が身を育てた父母の思いを忘れこの身体を痛め傷つけることがあろうか。 女慕貞絜 ジョボテイケツ 男效才良 ダンコウサイリョウ おんなはていけつをしたい、おとこはさいりょうにならえ。 女は心清く正しい行い心がけよ。 男は才智を伸ばして才徳のある人間になれ。 知過必改 チカヒツカイ 得能莫忘 トクノウバクボウ あやまちをしらばからなずあらため、のうをえてはわするるなかれ。 己の過失に気付いたら必ず改め、習得したことは忘れるなかれ。 罔談彼短 ボウダンヒタン 靡恃己長 ビジキチョウ かれのたんをかたるなかれ。 おのれのちょうをたのむなかれ。 人の短所は吹聴してはならない。 自分の長所に奢り高ぶってはならない。 信使可覆 シンシカフク 器欲難量 キヨクナンリョウ まことはふくすべからしめ、うつわははかりがたからんことをほっす。 約束ごとは必ず守り、己の器量は他人に量り難いようにしておく。 墨悲絲染 ボクヒシセン 詩讚羔羊 シサンコウヨウ ぼくはいとのそまるをかなしみ、しはひつじをさんす。 墨翟 ぼくてき は糸を染めるを見て人の心も悪に染まりやすいことを憂いた。 詩経は官吏も質素な子羊の皮ごろもを着たと讃えた。 立派な行いを積む人は賢人であり よく人の道を思念する人は聖人となる。 德建名立 トクケンメイリツ 形端表正 ケイタンヒョウセイ とくたてばなたち、かたちただしければかげただし。 徳を施す者は名を成す。 形正せば影も正しい。 空谷傳聲 クウコクデンセイ 虛堂習聽 キョドウシュウチョウ くうこくにこえをつたえ、きょどうにきくをならう。 大いなる谷に声が響き渡るように静室に音が伝わる。 君子が善言を出すときは諸人はこれに服する。 禍因惡積 カインアクセキ 福緣善慶 フクエンゼンケイ わざわいはあくのつむにより、さいわいはよきことのよろこびによる。 悪行の積み重ねが災い招き、善行積めば幸い来る。 尺璧非寶 セキヘキヒホウ 寸陰是競 スンインシキョウ せきへきはたからにあらず、すんいんはこれきそう。 聖人は一尺の玉 ぎょく を宝として尊ぶより、寸時を重んじる。 時は得難く失い易いから。 資父事君 シフジクン 曰嚴與敬 エツゲンヨケイ ちちにとりてきみにつかう、いわくたっとびうやまうとなり。 父に仕えるのと同じ心で君に仕える。 これ尊厳と敬愛をいう。 孝當竭力 コウトウケツリョク 忠則盡命 チュウソクジンメイ こうにはまさにちからをつくすべく、ちゅうにはすなわちいのちをつくすべし。 父母には心力の限りを尽くして孝行すべし。 君主には命の限り忠義を捧げて仕えよ。 臨深履薄 リンシンリハク 夙興溫凊 シュクコウオンセイ ふかきにのぞみうすきをふむごと、つとにおきてあたためすずしくす。 忠孝の道を尽くすことは深い淵に望むように薄氷を履む時のように仕えよ。 朝早起きし冬は寝床を温め夏は涼しいよう心配りをせよ。 似蘭斯馨 ジランシケイ 如松之盛 ジョショウシセイ らんににてこれかんばしく、まつのさかんなるがごとし。 蘭の香りに似るを目指して道を修め徳を立てよ。 松が色を変えないようにその誉は讃えられるであろう。 川が休むことなく流れるように徳行を積むならば、深い淵が万象を映し出して澄み渡るように、その人望も高まるであろう。 容止若思 ヨウシジャクシ 言辭安定 ゲンジアンテイ かたちはおもうがごとし、ことばはやすらかにさだめよ。 立ち居振る舞いは厳かにし、言葉は落ち着いて穏やかに。 篤初誠美 トクショセイビ 慎終宜令 シンシュウギレイ はじめをあつくすればまことにうるはし、おわりをつつしむはよかるべし。 初めに誠意しめすが美徳。 終わりを慎むはなお良し。 榮業所基 エイギョウショキ 籍甚無竟 セキジンムキョウ えいぎょうのもとづくところ、せきじんにしておわりなし。 身を正しくこれら教えの基づくところ、名声は高まり後の世まで伝えられるであろう。 學優登仕 ガクユウトウシ 攝職從政 セツショクジュウセイ がくゆたかなればのぼりてつかえ、しょくをとりてまつりごとにしたがう。 学に優れれば仕官の道を得る。 登朝したら国政の一端に連なれ。 存以甘棠 ソンイカントウ 去而益詠 キョジエキエイ そんするにかんとうをもってし、さってますますえいず。 召公は巡行する時にならなしの樹の下に宿をとり訴を聞いた。 人々は召公を慕い、その死後も徳をたたえて詠った。 音楽には官位序列によって差異がある。 儀礼にも尊卑長幼を分ける秩序がある。 上和下睦 ショウワカボク 夫唱婦隨 フショウフズイ かみやわらぎしもむつみ、おっととなえつましたがう。 人君は臣民をあわれみ臣民は君主を尊んだ。 家庭でも夫が唱えれば妻が従い夫婦仲睦まじい。 外受傅訓 ガイジュフクン 入奉母儀 ジュホウボギ そとにてはふのおしえをうけ、いりてはははのおしえをうく。 外では師に書計を学び、家では母を手本として教えを身に付け修めていくことである。 諸姑伯叔 ショコハクシュク 猶子比兒 ユウシヒジ しょこはくしゅく、ゆうしをこにひす。 伯叔母 おば 伯叔父 おじ は父の兄弟の子であるから、まるで我が子同様に愛し、教え、育ててくれる。 孔懷兄弟 コウカイケイテイ 同氣連枝 ドウキレンシ はなはだおもうはけいていなり、きをおなじうしてえだをつらぬ。 強く思いを馳せるは兄弟姉妹のこと。 同じ父母の気を受けて、一本の幹から生じた枝葉のように一心同体である。 交友投分 コウユウトウブン 切磨箴規 セツマシンキ こうゆうにはぶんをとうじ、せつましんきす。 友と交わるにはお互いの誠を捧げ、互いに切磋琢磨して修行に励むべきである。 仁慈隱惻 ジンジインソク 造次弗離 ゾウジフツリ じんじいんそくは、ぞうじもはなれず。 慈しみ、恵み、いたみ憐れむ。 人の道はこの四つの端 はじめ より一時でも離れてはならない。 節義廉退 セツギレンタイ 顛沛匪虧 テンパイヒキ せつぎれんたい、れんぱいにもかかず。 節度、道義を守り、心清くへりくだることは、とっさの場合でも揺るがず。 性靜情逸 セイセイジョウイツ 心動神疲 シンドウシンヒ こころしずかなればこころやすく、こころうごかばこころつかる。 生まれつき性格の穏やかな人は安らかな心地がする。 感情の起伏が激しいときは、神経が疲れる。 守真志滿 シュシンシマン 逐物意移 チクブツイイ まことをまもればこころみち、ものをおえばこころうつる。 物事の道理・人道を守る人は心が満ち平安である。 事物に目を奪われ心を煩わす人は成功しない。 堅持雅操 ケンジガソウ 好爵自縻 コウシャクジビ みさをかたくたもてば、よきくらいおのずからつながらん。 堅く正しく節度を守り、行いを律すれば、高い官位につくことができる。 華夏 中国 の都は東西に二つ置かれた。 東都は洛陽、西都は長安。 背芒面洛 ハイボウメンラク 浮渭據涇 フイキョケイ ぼうをせにしらくにむかい、いにうかびけいによる。 芒山を背に洛水を見る 渭水に浮かび涇水に拠る 宮殿盤鬱 キュウウデンバンウツ 樓觀飛驚 ロウカンヒキョウ きゅうでんはばんうつし、ろうかんはひきょうす。 宮殿には雲がたなびきわたり、高楼ははるか雲の上までそびえ立ち、まるで鳥が飛び立つようだ。 圖寫禽獸 トシャキンジュウ 畫綵仙靈 ガサイセンレイ きんじゅうをうつしえがき、せんれいをえがきいろどる。 楼閣の内部には鳥や獣を描き、神々や仙人を描いた壁画が満ちて眩しい。 丙舍傍啟 ヘイシャボウケイ 甲帳對楹 コウチョウタイエイ へいしゃはかたわらにひらけ、こうちょうははしらにたいす。 宮殿内の小さな家々の門は出入りできるように開いており、最高級のとばりが柱の前に連なる。 肆筵設席 シエンセツセキ 鼓瑟吹笙 コシツスイショウ むしろをつらねせきをもうけ、ことをひきふえをふく。 宮殿ではむしろを敷き席を設け宴を張る。 大琴をひき笙 しょう の笛を吹く。 升階納陛 ショウカイノウヘイ 弁轉疑星 ベンテンギセイ かいをのぼりへいにいる、べんはてんにしてほしとうたがわる。 宴席に集った者たちが宮殿の階段をのぼるさまは、冠がきらめき空の星のようだ。 右通廣內 ユウツウコウダイ 左達承明 サタツショウメイ みぎはこうだいにつうじ、ひだりはしょうめいにたっす。 宮殿内で右へ行くと通じる廣內殿 こうだいいでん に通じ、左は承明殿に達する。 既集墳典 キシュウフンテン 亦聚羣英 エキシュウグンエイ すでにふんてんをあつめ、またぐんえいをあつむ。 すでに廣內殿にはあまたの書物を集め、承明殿には学識才能ある人々を集めた。 杜稾鍾隸 トコウショウレイ 漆書壁經 シツショヘキケイ とこうしょうれい、しっしょへきけいあり。 廣內には杜操 とそう の草書、 鍾繇 しょうよう の隷書、竹簡に漆で書いた典籍、壁中六経がある。 帝都には将軍や宰相の司る役所が連なり、大通りには三公九卿の車馬が並び続けている。 戶封八縣 コホウハッケン 家給千兵 カキュウセンペイ こにははっけんをほうじ、いえにせんぺいをきゅうす。 優れた民には八県の租税を与え、戦功のあった民には千人の兵士を給してその功をたたえた。 高冠陪輦 コウカンバイレン 驅轂振纓 クコクシンエイ こうかんれんにしたがい、こくをかりえいをととのふ。 高位高官が天子の乗り物につき従い、その前を侍臣たちが車を駆っていくさまは飾り紐を振るように美しい。 世祿侈富 セイロクシフ 車駕肥輕 シャガヒケイ せいろくはしふ、しゃがはひけい。 父祖代々より裕福な家は、車を引く馬はよく肥えてたくましく、車も軽やかに走る。 策功茂實 サクコウモジツ 勒碑刻銘 ロクヒコクメイ さくこうもじつなれば、ひにろくしめいにこくす。 功を上げた人の名は碑に勲功を刻み、銘に記して後世にたたえた。 磻溪伊尹 ハンケイイイン 佐時阿衡 サジアコウ はんけいといいんは、ときをたすくるあこう。 太公望と伊尹 いいん は国を興す助けをした名宰相である。 奄宅曲阜 エンタクキョクフ 微旦孰營 ビタンジュクエイ きょくふにえんたくす。 たんなかりせばたれかいとなまん。 周公旦は武王を助けて殷の王を討った功で曲阜 きょくふ に居館を構えた。 周公旦がいなければ誰がこの地を治めただろうか。 桓公匡合 カンコウキョウゴウ 濟弱扶傾 セイジャクフケイ かんこうはただしあわせ、よわきをすくいかたむくをたすく。 桓公は国の乱れを正し、弱小国を救い、傾きかけていた国を助けた。 綺迴漢惠 キカイカンケイ 說感武丁 エツカンブテイ きはかんけいをかえし、えつはぶていをかんぜしむ。 綺里季 きりき は太子漢恵帝を救い、帝の地位に就いた。 傅説 ふえつ は殷の宰相となった。 俊乂密勿 シュンガイミツブツ 多士寔寧 タシショクネイ しゅんがいみつぶつして、たしまことにやすんず。 太公、伊尹、周公などの賢者を天子が用い、天下はよく治まった。 晋と楚はともに強国で代わる代わる覇を競い、趙と魏は秦の脅威に苦しめられていた。 假途滅虢 カトメツカク 踐土會盟 センドカイメイ みちをかりてかくをほろぼし、せんどにかいめいす。 晋は虞 ぐ の道を借りて領土を通過し虢 かく の国を滅ぼし、その帰路虞も滅ぼした。 その子文公は諸侯を集め盟約を結ばせた。 何遵約法 カジュ ンヤクホウ 韓弊煩刑 カンヘイハンケイ かはやくほうにしたがい、かんははんけいにやぶる。 漢の蕭何 しょうか は秦を破った時、簡素な法律を施行した。 これに対し韓の韓非子は煩わしい刑法を施行したため民心が離れ国が滅びた。 起翦頗牧 キセンハボク 用軍最精 ヨウグンサイセイ きせんとはとぼくとは、ようぐんにさいせいす。 秦の名将白起と王翦 おうせん 、廉頗 れんぱ と李牧 りぼく の四将は、軍を率いるに最も精通した武将の代表的な者だ。 宣威沙漠 センイサバク 馳譽丹青 チヨタンセイ いをさばくにのべ、ほまれをたんせいにはす。 名将たちは砂漠の匈奴の侵入にもよく闘い勇名を轟かせた。 死後も壁画に描かれ名声は馬が駆けるように伝わった。 九州禹跡 キュウシュウウセキ 百郡秦并 ヒャクグンシンヘイ きゅうしゅうはうのあと、ひゃくぐんはしんあわす。 禹 う が中国を九州に分け、秦が百郡を併合し天下を統一した。 嶽宗恆岱 ガクソウコウタイ 禪主云亭 ゼンシュウンテイ がくはこうたいをそうとし、ぜんはうんていをしゅとす。 山は恒 こう 山と泰山を尊宗した。 祭天の儀は泰山の麓にある云 うん 亭の二山を第一にした。 雁門紫塞 ガンモンシサイ 雞田赤城 ケイデンセキジョウ がんもんとしさいと、けいでんとせきじょうと、 北辺の要地に雁門山と万里の長城がある。 雞田と赤城は北境にある。 昆池碣石 コンチケッセキ 鉅野洞庭 キョヤドウテイ こんちとけっせきと、きょやとどうていと、 山沢湖沼としては昆明の池、碣石 けっせき 山、広大な鉅野 きょや の湿地、洞庭湖があげられる。 曠遠緜邈 コウエンメンバク 巖岫杳冥 ガンシュウヨウメイ こうえんめんばくとして、がんしゅうようめいたり。 これらの原野、湖沼はか遠くに広がり、広大な山々も遥かかなたにほのかに見えるだけである。 163~182 治本於農 チホンヨノウ 務茲稼穡 ムシカショク ちはのうをもととす、これかしょくにつとめよ。 国を治める根本は農業である。 種をまき収穫するまでこれに努めることだ。 俶載南畝 シュクサイナンポ 我藝黍稷 ガゲイショショク ことをなんぽにはじめ、われしょしょくをうう。 南に面した日当たりのよい畑で耕作を始めた。 きび、あわを植え付けて農業に励んだ。 稅熟貢新 ゼイジュクコウシン 勸賞黜陟 カンショウチュッチョク じゅくをみつぎしんをみつぎ、かんしょうしちっちょくす。 穀物を租税として納め新しい五穀を貢ぐのは農民の務め。 よく納める者には賞をもって励まし、怠る者には罰を与える。 孟軻敦素 モウカトンソ 史魚秉直 シギョハイチョク もうかはそをたっとび、しぎょはちょくをとる。 孟子は人の善を愛した。 史魚 しぎょ は正直一途に生き、君に従えず自害するという直な人であった。 庶幾中庸 ショキチュウヨウ 勞謙謹敕 ロウケンキンチョク ちゅうようをしょきし、ろうけんきんちょくにす。 願わくば人は偏らず、功があっても驕らず、自らを慎み戒めて生きたいものだ。 聆音察理 レイインサツリ 鑑貌辨色 カンボウベンショク おとをきいてりをさっし、かたちをみていろをわきまう。 人の話しを注意深く聞いて真意を知り、顔を観察して感情の動きを知ることだ。 貽厥嘉猷 イケツカユウ 勉其祗植 ベンキシショク そのかゆうをつたえ、そのししょくをつとむ。 よい考えを子孫に残す。 ただそのために慎み深く勉める。 省躬譏誡 セイキュウキカイ 寵增抗極 チョウゾウコウキョク みをかえりみてきかいし、ちょうませばこうきょくす。 自らの行いを省みていましめることが大切だ。 栄誉を得れば驕り高ぶるので、十分に身を慎むべきである。 殆辱近恥 タイジョクキンチ 林皋幸即 リンコウコウソク はじにちかくはじにちかづかば、りんこうにつくことをねがう。 高位に昇るほど人から妬まれて恥辱を受けることが多くなる。 その時は好機を見て引退し、山林や湖沼に囲まれた閑静な所へ退きたいものだ。 兩疏見機 リョウソケンキ 解組誰逼 カイソスイヒョク りょうそきをみる。 そをときてたれかせまらん。 疏広 そこう と疏受 そじゅ の父子は士官後身を引く時機とみて官職を辞して故郷に帰った。 誰かが迫ったものでもなく、機を見ての勇退であった。 人里離れた所に住み、物静かに暮らす。 世事には口を出さず俗人と交わらずひっそりと暮らす。 求古尋論 キュウコジンロン 散慮逍遙 サンリョショウヨウ いにしえをもとめてじんろんし、りょをさんじてしょうようとす。 昔の人の思想を論じたり、自然の中を心のままにぶらぶらと歩く。 欣奏累遣 キンソウルイケン 慼謝歡招 セキシャカンショウ よろこびいたりてわずらいさり、うれいさりてよろこびまねく。 喜ばしい気持ちで心が満たされれば悩みや憂いは去り、楽しいことが自然に招かれるように集まる。 渠荷的歷 キョカテキレキ 園莽抽條 エンポウジョウジョウ きょかはてきれきとして、えんぽうはえだをぬきんず。 溝には蓮の花が鮮やかに咲き、庭園の草葉は生い茂り、木々の枝は豊かに伸びる。 枇杷晚翠 ビワバンスイ 梧桐早凋 ゴトウソウチョウ びわはおそくみどりに、ごとうははやくしぼむ。 枇杷は冬になってtも青々とした葉をつけている。 桐は秋には早々と葉は萎れ落ちる。 陳根委翳 チンコンイエイ 落葉飄颻 ラクヨウヒョウヨウ ちんこんはいえいし、らくようはひょうようたり。 古い根はしぼみ枯れ、落ち葉は散って風のままに舞っている。 遊鵾獨運 ユウコンドクウン 凌摩絳霄 リョウマコウショウ ゆうこんはひとりめぐり、こうしょうをりょうます。 大鳥が一羽、天空のはるか高みを悠々と舞い飛んでいる。 街に出ては書物を読み耽り、家にあっては袋や箱に収められた書物に注目し、ひたすら学問に励む。 易輶攸畏 イユウユウイ 屬耳垣墻 ショクジエンショウ いゆうはおそるるところ、みみをえんしょうにつく。 軽率になることはとかく畏れ慎むべきである。 生垣や壁には耳がある。 具膳飡飯 グゼンサンハン 適口充腸 テキコウジュウチョウ ぜんをそなえはんをくらう。 くちにかないちょうにみつ。 食事は礼儀正しく膳を据えて行うべき。 食べ物が口に合い、腹がふくれればよく、ご馳走を食べるに及ばない。 飽飫烹宰 ホウヨホウサイ 飢厭糟糠 キエンソウコウ あきてほうさいにもあき、うえてはそうこうにもたる。 人は満腹の時はいかにおいしいにもでも肉料理でも食べることはできないが、飢えたときには米や麦の粕や糠でも食べる。 親戚故舊 シンセキコキュウ 老少異糧 ロウショウイリョウ しんせきこきゅう、ろうしょうりょうをことにす。 親戚や古くからの知己とは往来音信するべきである。 老人には消化のよい栄養のある食事を与え、若者には粗末な食事でよい。 妾御績紡 ショウギョセキボウ 侍巾帷房 ジキンイボウ しょうはせきぼうをぎょし、いぼうにじきんす。 女の人は家内で糸を紡いで家事をし、閨 ねや をつとめて夫に仕える。 紈扇圓潔 ガンセンエンケツ 銀燭煒煌 ギンショクイコウ がんせんはえんにしてけつ、ぎんしょくはいこうなり。 白い絹地のうちわは丸く、銀製の燭台には灯火が光り輝いている。 晝眠夕寐 チュウミンセキビ 藍笋象床 ランジュンショウショウ ひるにねむりゆうべにいぬ、らんじゅんぞうしょう。 昼寝をし、夜も眠る。 時に若竹で作った藍色のむしろを敷物としたり、象牙で飾った寝台で眠る。 絃歌酒讌 ゲンカシュエン 接盃舉觴 セツハイキョショウ げんかしゅえんし、はいをまじえしょうをあぐ。 琴や琵琶をひき、歌い酒宴を催し、語り合い、杯を交わし、乾盃を重ねて宴を楽しむ。 矯手頓足 キョウシュトンソク 悅豫且康 エツヨシャコウ てをあげあしをふみ、えつよしてかつやすし。 手を振り上げ足踏み鳴らし、飛び跳ねて舞うことは喜びかつ心安まるものである。 嫡子は父母の後を継ぎ、代々血統を絶やさぬようにつとめ、四季ごとの祖先の祭を催行しなければならない。 稽顙再拜 ケイソウサイハイ 悚懼恐惶 ショウクキョウコウ けいそうさいはいし、しょうくきょうこうす。 祭祀では額を地につけて二度深く礼拝し、祖先を恐れかしこみ敬い拝む。 牋牒簡要 センチョウカンヨウ 顧答審詳 コトウシンショウ せんちょうはかんようにし、ことうはしんしょうにす。 手紙は要点を押さえて書き、返事は詳しく、問い合わせについて明らかにするように努める。 骸垢想浴 ガイコウソウヨク 執熱願涼 シュウネツガンリョウ がいにあかつけばよくをおもい、ねつをとりてはりょうをねがう。 身体が垢で汚れた時は風呂に入って汚れを落としたいと思い、暑さが厳しいときは涼を求めるものだ。 驢騾犢特 ロラトクトク 駭躍超驤 ガイヤクチョウジョウ ろらとくとくは、がいやくちょうじょうす。 小さな馬、仔牛、若い牡牛などの家畜が、遊び戯れて跳ねまわり跳び上がっている。 誅斬賊盜 チュウザンゾクトウ 捕獲叛亡 ホカクハンボウ ぞくとうをちゅうざんし、はんぼうをほかくす。 盗賊はただちに捕らえて斬り殺す。 逃亡する者は探索し縄をかける。 呂布は弓を射ることに長け、宜遼 ぎりょう は玉遊びが上手であった。 稽康は琴の名手で、阮籍は詩を吟じた。 恬筆倫紙 テンピツリンシ 鈞巧任釣 キンコウジンチョウ てんのふでりんのかみ、きんのたくみじんのつり。 蒙恬が初めて筆を創り、蔡倫が紙を発明し、馬鈞 ばきん は巧妙な指南車を考え、任公は釣り具を考案した。 釋紛利俗 シャクフンリゾク 並皆佳妙 ヘイカイカミョウ ふんをときぞくをりする、ならびにみなかみょうなり。 もつれる事物を解き明かし、世の中に利する、呂布・宜遼・蒙恬・蔡倫ともに皆優れた人々である。 毛施淑姿 モウシシュクシ 工顰妍笑 コウヒンケンショウ もうしはしゅくしにして、たくみにひんしなまめかしくわらう。 毛叱や西施はしとやかな美人で、眉をしかめても美しく、なまめかしく笑えばまた美しかった。 年矢每催 ネンシマイサイ 曦暉朗耀 ギキロウヨウ ねんしはつねにせまり、ぎきはろうようす。 年月は矢のように早く、促されるように過ぎていき、元に戻ることはない。 日は光り輝き、月もまた明澄な光を投げかける。 璇璣懸斡 センキケンアツ 晦魄環照 カイハクカンショウ せんきはかかりめぐり、かいはくはめぐりてらす。 天体は宇宙を巡り、日月は循環して時に暗く時に明るく照らして、季節は移り変わっていく。 指薪修祜 シシンシュウコ 永綏吉劭 エイスイキッショウ たきぎをさしこをおさめ、ながくやすんじてきっしょうなり。 薪が燃えても尽きないように、熱意をもって人道を修めれば、幸福を得、安寧な生活が永く続き、吉事も招き寄せられる。 矩步引領 クホインリョウ 俯仰廊廟 フギョウロウビョウ くほいんれいし、ろうびょうにふぎょうす。 道を歩く際は、うなじを伸ばし、うつむく時も仰ぎ見る時も宮殿にいる時のように謹みと礼を失しないこと。 束帶矜莊 ソクタイキョウゾウ 徘徊瞻眺 ハイカイセンチョウ そくたいきょうそうにして、はいかいせんちょうす。 衣冠束帯で正装した時は厳然と威儀を正し、歩き回ったり、近くを見、遠くを眺める時にも、軽率な挙動とならぬよう努める。 孤陋寡聞 コロウカブン 愚蒙等誚 グモウトウショウ ころうかぶんなれば、ぐもうとそしりをひとしずく。 友もなく師もなく孤独で学問していても見聞が狭くなり、見識も十分ならず、愚か者とそしられ笑われても仕方がない。 謂語助者 イゴジョシャ 焉哉乎也 エンサイコヤ ごじょというものは、えんさいいこやなり。 文章には語助というものがあり、これがあって言葉が生き、文意が達せられる。 この語助詞には、焉・哉・乎・也などがある。 お疲れさまでした。 最後までお読みいただき、ありがとうございます。 これを一週間ぐらいかけて書いていたら、とうとう左手が腱鞘 けんしょう 炎になってしまいました。 重複しない千文字を使って、四字一句の二百五十句から成る四言古詩の韻文を一晩で作ったと言われています 千字文の成り立ちについては。 この千文字で歴史を語り、名君や賢人、武将、庶民の生活を語り、人としてどう生きるべきかを諭しています。 並みの才能ではないと、書きながらつくづく思いました。 千字文を筆で書いてみたい!と思われた方は、ぜひ西麻布書院で書道を習いませんか? 初心者の方は、一番初めは「間架結構法」で筆使いの基本を学びますが、その後はひたすら「千字文」を習い続けることも可能です。 お申込み・お問い合わせはお気軽に、03-3486-8301、もしくは、でお待ちしております。

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【画像】立川志らく嫁の不倫キス写真!酒井莉加と弟子が深夜の路チュー!

しらく つま

立川 志らく(たてかわ しらく)は、・のの。 この名前を名乗った落語家は、5人前後いるとされている。 は立川の他に翁家、升々亭などがあった。 朝寝坊志らく - のちの。 朝寝坊志らく - の項目で詳しく記述。 立川志らく - 本記事で詳述。 立川 ( たてかわ ) 志 ( し )らく "丸に左三蓋松"は、のである 本名 新間 ( しんま ) 一弘 ( かずひろ ) 生年月日 1963-08-16 (56歳) 出身地 ・ 師匠 弟子 名跡 立川志らく(1985年 - ) 出囃子 花嫁人形 活動期間 - 活動内容 配偶者 家族 長女、次女 所属 (マネジメント) 公式サイト 受賞歴 平成12年度 第73回優秀賞 備考 落語立川流理事 会員 目次• 来歴 [ ] 父親が、母親がという芸人の家庭で育ち、中学生の頃から落語と映画を好きになる。 落語については、小学校高学年の頃から父親が落語好きで家にあった落語の本とレコードで親しみ始めたという。 祖父はの名師である。 、を卒業後、から演劇学科 に進学、(日本大学芸術学部落語研究会)に所属する。 10月、4年生の時、同サークルのの紹介で7代目に入門し、前座名 立川志らく(師匠の談志がの、にちなんで命名したという。 )を名乗る。 大学はその後中退。 3月に、11月に昇進した。 には兄弟子ととともにを結成、深夜番組『』に出演、その後、真打昇進までは古典に打ち込み、昇進後は等の分野を開拓。 罵倒、連発の演目を披露「9月にも開催予定だが、もし無くなったら何者かのクレームにより演者が危急に陥ったと云々」と笑いを取っていたが、会場に居合わせていた関係者が演目を全て録音、同団体からの糾弾を受ける。 よりを主宰し、舞台演出家・脚本家としても活動している。 現在まで16回の公演を数えている。 1月から独演会「立川志らく落語大全集」を開始。 16年かけて203席を演じる予定。 人物 [ ]• 映画好きで知られ、1997年に『異常暮色』で映画監督デビュー。 映画監督としてにも所属している。 『』に映画エッセイ「立川志らくのシネマ徒然草」の連載を持ち、同連載はとに「キネマ旬報ベストテン」の読者賞を受賞した。 映画関連では他にも、映画専門チャンネルのでから映画解説者の一員となり 、独演会では映画を落語にした「シネマ落語」などの活動を行っている。 を敬愛しており 、大林作品で一番好きな『』を2008年6月、劇団『下町ダニーローズ』の第9回公演()で『あした~愛の名言集』というタイトルで舞台化した。 現在の日本映画界を嘆いており、やが撮るような重厚な作品が日本映画界の中心にあるべきだと苦言を呈している。 一方で、黒澤明監督の作品を映画賞をもらってから観始めたについては、『』『』を傑作と認めている。 映画評論でも知られるは、つまらない邦画のベストスリーに、志らく監督作品の『異常暮色』など3作品をランクインさせた。 ラジオ番組の影響もあり、歌謡曲ファンとして知られる。 戦前歌謡から近年の演歌・歌謡曲まで造詣が深く、演歌歌手のとのファンである。 また、で歌謡曲を扱うラジオ番組『』のパーソナリティを12年3ヶ月務め、の『』においても、「戦後歌謡三昧(ざんまい)」(2010年放送)のパーソナリティを務めた。 のファンで、かつてコメンテーターを務めたラジオ番組『』では、中日ドラゴンズについて語ることがあった。 『』のコメンテーターに抜擢されたことにより、2017年上半期のブレイクタレント部門1位にランクインした。 2019年9月30日からは自らがMCを務めるワイドショー番組『』がスタート。 世論が暴力問題で揺れると暴力を憎む立場でコメントする人物でもあり、によるへの傷害事件に関しては、「本来なら解雇すべきであった」と憤慨していた。 また、貴ノ岩の付き人暴行事件に関しては、「引退して逃げずに幕下以下からでもやり直すべきだった」という趣旨のコメントをしており、貴ノ岩が引責引退を選んだことに対して激怒した。 大相撲に関して様々な批判的コメントをしていたが相撲自体は嫌いではなく、2020年5月場所が感染拡大を受けて中止となった際には寧ろ「相撲を休んで…だけども相撲が無いことがどれだけ寂しいことかきっとみんな分かると思うんで」と残念がる立場を示した。 2019年5月にを起こした容疑者について「1人の頭のおかしい人が出てきて、死にたいなら1人で死んでくれよって、そういう人は」と発言し、物議を醸した。 2019年8月26日に放送した、TBS系『』の番組内で10年ほど前よりを患っていることを告白した。 『プレバト!! 』関連 [ ]• 2019年9月5日の『』において「プレバト!! の収録日は1年間あいている。 それだけに賭けている」事を明かしている。 他に、俳句のお題「夏の日光 」において、「山は一回も登った事はない」と言う事も明かしている。 音楽好きで、をから譲って頂いた上に3000円払って、教えてもらったと言う。 2019年10月31日の俳句査定で、特待生から名人に上がる。 名人への希望は「プレバト四天王、、、、・の4人の内の誰かを蹴落として、そこに私が入りたい」と言う事を挙げた。 名人になった一句「色変えぬ松や像」 が渋沢栄一記念館にかざられている。 一門 [ ] 5月20日、自身のTwitterアカウントで、自分が主宰する劇団の稽古に一門の弟子たちが一度も見学に来なかったことを嘆くツイートを投稿。 その上で「全員、破門にするか前座に降格するか、である。 どうせ師匠は優しいから謝れば許してくれると連中はなめている。 数年前、同じ騒動が持ち上がった時、破門通達したが皆泣いて詫びたから許してしまった。 あの時、破門にしとけばよかった」と、二つ目の弟子全員を降格もしくは破門にする考えを明らかにし 、翌21日のツイートで二つ目全員を前座に降格させたことを投稿した。 その後、同年7月1日付で志獅丸を真打に昇進させ、志奄、らく兵、らく人、がじらの4名を二つ目へ戻した(志ら門、志ら鈴は「二つ目に昇進したばかり」との理由で、この時点では二つ目に復帰させなかった) が、翌2020年1月1日付で志ら門、志ら鈴も二つ目に復帰させた。 真打 [ ]• 立川志ら松• 立川らくぼ• 立川らくまん• 立川志らぴー 卒業(廃業) [ ] 卒業(=廃業)時期については不明な者が多い。 立川らく坊(一番弟子)1996年5月入門• 立川らく丸(三番弟子)• 立川らく吉(四番弟子)1996年6月入門• 立川こらく 1996年12月入門• 立川らくみん 2014年7月入門• 立川らく葉(らくば)2014年6月入門• 立川うぉるたー 2014年11月入門• 立川怒志(ぬし)2015年8月入門• 立川らく者(らくしゃ)2014年7月入門 らく塾(一般人) [ ] 上記の者以外にも、志らくのファン向けの落語教室「らく塾」受講生で、志らくから名前をもらったものがいる(家元存命時の「Cコース」に相当する)。 また、志ら乃 ・らく朝 ・らく次 ・らく兵 など、らく塾受講生から正式に入門した者もいる。 立川らく生(、MRTアナウンサー) シネマ落語 [ ] 好きな映画を落語で語る。 つまり、有名な映画を基に、その舞台を江戸時代に変えて落語に翻案したもの。 「江戸半ちゃんショー」(より)• 「人情医者」(より)• 「の呪い」(より)• 「・下」(より)• 「いかさま指南」(より)• 「後日談」(より)• 「ろくろ首の情事」(より)• 「後日談」(より)• 「百兵衛」(より)• 「田吾作」(、より)• 「短冊の恋文」(より)• 「吉原に死す」(より)• 「たまや」(より)• 「の災難」(より)• 「あした舟」(、より)• 「幽霊 江戸の幻」(より)• 「の道」(より)• 「影清・女」(より)• 「落語ゴッドファーザー 紅羅坊名丸」(より)• 「の陰謀」(より)• 「落語幕末太陽傳」(より)• 「木乃伊取りの黙示録」(より)• 「人力車」(より)• 「怪談・」(より)• 「吉原の休日」(より)• 「」(より)• 「アシタカとサン」(より) 著書 [ ]• 『立川志らくのシネマ徒然草』 、2000年2月• 『全身落語家読本』 、2000年9月 新潮選書• 『落語は最高のエンターテインメント』DVD book、2004年• 『らくご小僧』新潮社、2004年6月• 『志らくの落語二四八席辞事典』講談社、2005年4月• 『立川志らくの現代映画聖書』講談社、2005年6月• 『雨ン中の、らくだ』太田出版、2009年2月• 『立川流鎖国論』、2010年11月• 『落語進化論』、2011年6月• 『談志のことば』 徳間文庫、2012年 のち文庫• 『談志・志らくの架空対談 談志降臨!? 』講談社 2012年6月• 『銀座噺 志らく百点』講談社 2013• 『落語名人芸 「ネタ」の裏側 秘蔵資料 三越落語会 十一名人の「感どころ」 』講談社 2013年8月• 『立川志らく まくらコレクション 生きている談志』 文庫 2016年11月• 『志らくの言いたい放題』 2018年1月• 「長屋紳士録 再考」『』朝日新聞出版、2019年3月に収録• 『志らくの食べまくら』 2020年3月 共著 [ ]• 『DNA対談談志の基準』共著 亜紀書房 2012 主な作品 [ ] 映画(監督作・自主制作) [ ]• 異常暮色(1998年)• 死神パラダイス(1999年)• カメレオンの如き君なりき(2001年)• SF小町(2002年)• 不幸の伊三郎(2004年) 主な出演 [ ] 演劇 [ ] 劇団『下町ダニーローズ』。 主宰、脚本、演出、出演• 旗揚げ公演 「ブルーフロッグマンの憂鬱」池袋シアターグリーン、2003年6月• 第2回公演 「未来ポリスマンの横恋慕」笹塚劇場、2003年12月• 第3回公演 「エクソシスト達の憂さ晴らし」アートボックスホール、2004年11月• 第4回公演 「いわゆるトイストーリーのようなもの リカちゃんと怪獣」シアターイワト、2005年5月• 第5回公演 向田邦子原作「あ・うん」シアターイワト、2005年11月• 第6回公演 「はなび」シアターイワト、2006年6月• 特別 公演 向田邦子原作「あ・うん」再演 新宿シアターモリエール、2006年12月• 第7回公演 シェークスピア原作「ヴェニスの商人?」アイピット目白、2007年6月• 第8回公演 「どん底」アイピット目白、2007年12月• 第9回公演 「あした~愛の名言集」(大林宣彦監督作品/赤川次郎原作:午前0時の忘れもの)新宿紀伊國屋ホール、2008年6月• 第10回公演 「文学狂男」(原作:室生犀星 あにいもうと)千本桜ホール、2009年2月• 第11回公演 「演劇らくご『鉄拐』」紀伊國屋ホール、2009年8月• 第12回公演 「演劇らくご『疝気の虫』」シアターグリーン、2010年6月• 第13回公演 「演劇らくご『ヴェニスの商人?火焔太鼓の真実』」シアターグリーン、2011年9月• 第14回公演 立川談志追悼特別公演「演劇らくご『談志のおもちゃ箱』~ヴェニスの商人?黄金餅後日談」新宿シアターモリエール、2012年5月• 第15回公演 「演劇らくご『死神が舞い降りる街』」赤坂レッドシアター、2013年6月• 第16回公演 「演劇らくご『芝浜』」池袋シアターグリーン、2014年5月 劇団『謎のキューピー』。 脚本、出演• 旗揚げ公演 「白いゲルニカ」中野スタジオあくとれ、2011年7月• 第2回公演 「せんきの虫」中野スタジオあくとれ、2012年2月• 第3回公演 「異常暮色」下北沢Geki地下Liberty、2013年9月• 第4回公演 「鯨岡桃子が、殺された理由」中野スタジオあくとれ、2014年2月• 第5回公演 「鯨岡桃子が、殺された理由」再演 中野スタジオあくとれ、2014年9月• 第6回公演 「地獄の同窓会」下北沢Geki地下Liberty、2015年2月 テレビドラマ [ ]• 人生、成り行き 天才落語家・立川談志 ここにあり(2013年8月11日・8月18日、) 映画 [ ]• (大林宣彦監督作品、2007年、) - 電話を取り次ぐ男 役• ダーク・ラブ Rape(監督作品、2008年、)• (2013年、) - インタビュー出演• リュミエール!(監督作品、2017年、) - 日本語版ナレーション• (監督作品、2018年、)• (監督作品、2019年、松竹) - ナレーション• (山田洋次監督作品、2019年、松竹) - 噺家 役 テレビ番組 [ ]• (1993年4月 - 9月、)• 「全身落語家宣言」(1996年、、監督)• 第29回 (1996年12月31月、テレビ東京)• (2008年3月 - 7月、) - 月曜コメンテーター• (2016年10月 - 、) - コメンテーター• 人体解明ヒストリー」(2018年3月31日、) - ナレーション• 「大腸〜うんち〜」(2018年3月22日、) - 声の出演• (2018年4月7日、フジテレビ) - 演目は『』• - 審査員(2018年、2019年)• () - 不定期出演• (2019年9月30日 - 、TBS) - メインMC ラジオ番組 [ ]• ( - 2009年3月、)• (2001年4月 - 2013年6月、) - パーソナリティ• (2010年10月 - 2014年3月、) - 毎月第4金曜日コメンテーター 演じた俳優 [ ]• (ドラマ「」、2015年) 関連項目 [ ]• 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 2015年11月23日閲覧。 『天才たちのDNA』p. 174。 『天才たちのDNA』pp. 175-176• 公益社団法人横浜中法人会 2014年1月. 2018年8月11日閲覧。 Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. 2019年9月26日. 2019年9月26日閲覧。 「断筆」めぐる大論争 創出版 1995年• 「立川志らくのシネマ徒然草 284」『キネマ旬報』2008年10月下旬号。 井上秀樹 2008年6月12日. の2019年10月7日時点におけるアーカイブ。 2019年10月7日閲覧。 『さよなら映画、また近いうちに』キネマ旬報社、1997年、p. 159.• 立川志らく『立川志らくの現代映画聖書』講談社、2005年、pp. 327,334• 立川志らく 2016年10月2日. 2018年9月24日閲覧。 SANSPO. COM 2018. 31 14:08 産経新聞社、2019年1月24日閲覧• SANSPO. COM 2018. 7 14:08 産経新聞社、2019年1月24日閲覧• Sponichi Annex 2020年5月1日 11:39(2020年5月8日閲覧)• 2019年5月31日. 2019年6月2日閲覧。 sanspo. com 2019年8月27日. 2019年8月27日閲覧。 - 日刊スポーツ 2019年5月20日• - Twitter 2019年5月21日• - 日刊スポーツ 2019年5月21日• - SANSPO. COM 2019年7月14日• - SANSPO. COM 2020年1月1日• 2010年5月10日. ナビブラ神保町. 風讃社. 2020年5月10日閲覧。 2020年5月10日閲覧。 公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団 2014年4月19日. 2020年5月10日閲覧。 2018年9月9日. 【志らくに読ませたい らく兵の浮世日記】. 産経新聞. 2020年5月10日閲覧。 素人として落語を教わっていたのです。 ORICON STYLE. 2016年8月31日. 2016年8月31日閲覧。 出典 [ ].

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