ナウル 現在。 ナウル島

ナウル、世界一の贅沢に溺れた国の結末:日経ビジネス電子版

ナウル 現在

世界で3番目に小さな国、ナウル。 名前すら聞いたことのない島国、ナウル。 しかし実はあまり知られていないだけで、世界的にも珍しい経済史から、国民の堕落した生活週間、今後の国家存続危機まで、非常にネタの多い国です。 調べれば調べるほどおもしろい国で、うっかり現地に行ってしまいました。 現地の様子を徹底取材してきましたので、ご紹介します。 ナウルとは? 正式名称はナウル共和国。 太平洋の南西部にあり、ほぼ赤道直下に浮かぶ島国です。 たったこれだけの大きさ国。 日本とニュージーランドの中間地点あたりにあります。 島の面積は21平方キロメートルであり東京都の港区とほぼ同じ大きさで、世界で3番目に小さい国です。 ちなみに世界で1番小さな国はイタリアに囲まれたバチカン市国、2番目に小さな国はフランスに囲まれたモナコ公国です。 英語が公用語で国内どこでも通じますが、ナウル語というものも存在します。 通貨はオーストラリアドルを利用しており、中央銀行が存在しないので自国通貨というものがありません。 時差は、日本より3時間早いです。 1999年に国連に加盟していますが、ナウルは軍隊を保有しておらず、軍事・国防はオーストラリアに依存しています。 ナウルの歴史、ナウルの悲劇とは? ナウルはもともと太平洋上のどこにでもある小さなサンゴ礁でしたが、近くを飛ぶアホウドリの糞が長い年月をかけて蓄積し、島となりました。 アホウドリの糞はサンゴ礁に含まれるカルシウムと反応して工業原料である良質なリン鉱石になり、ナウルではその採掘と輸出が主要産業でした。 そして、1960年頃から1990年頃にかけて、貴重資源であるリン鉱石の輸出はナウルに莫大な所得をもたらします。 採掘の労働の担い手はナウル国民ではなく、ツバルやキリバスといった近隣諸国や中国からの出稼ぎ労働者たちです。 当時の1人当たりGDPは日本の3倍である約20,000ドルで、世界1位でした。 アラブの産油国すら上回っていました。 しかし過剰な採掘を続けたことによりリン鉱石は2000年頃に枯渇してしまい、リン鉱石の輸出以外産業のなかったナウルの産業は一気に何もなくなりました。 ここからナウルの悲劇が始まります。 産業がなくなってからようやく危機感を覚えたナウル政府は、リン鉱石の輸出で稼いだ外貨を元手にオーストラリアなどの諸外国に不動産投資を実施しましたが、全て失敗。 2002年にはナショナルフラッグキャリアであったナウル航空も機体を売却し運行を停止し、2003年には通信設備のメンテナンス費用が支払えず通信ができなくなり、諸外国との連絡が一時完全に断絶しました。 その後もナウル政府は、ナウル国籍を約3万ドルで外国人に販売してみたり、アフガニスタン・北朝鮮・ソマリアなどからの亡命者を受け入れることと引き換えにオーストラリアから年間3000万オーストラリアドルの財政支援を獲得したりと、一風変わった外貨稼ぎを展開します。 オーストラリア政府から、ナウルを国ごと吸収しようかと打診されるも、ナウル人としてのアイデンテティを大事にしたいとの理由からナウル大統領が固辞。 また、在ナウル亡命者の扱いをめぐってオーストラリアと意見が対立し、関係が悪化。 お金を稼ぐ産業がなく、たくさんの亡命者を抱え、国民には労働意欲がない。 現在はわずかな諸外国からの支援はあるものの、出稼ぎ労働者への給料も支払えず、国民への年金も支給できず、ナウル経済は完全に破綻しています。 ついに外国からの支援がストップ・・・いよいよ1つの国の終わりか ナウルの経済的困窮具合は、小説家の百田尚樹氏から「家に例えると、くそ貧乏長屋で、泥棒も入らない」と表現されるほど進んでいます。 日本やオーストラリア、ニュージーランドがナウルに資金援助をしています。 日本政府は、漁港開設のために約6億8000万円の資金援助をしています。 また、ナウル近海でのかつお一本釣り・まき網漁業について入漁料を支払うなどの漁業協議を実施しています。 一方で、ニュージーランドは2015年、ナウルへの資金援助の半分以上である120万ニュージーランドドルを停止するとの声明を発表しました。 ニュージーランド政府によると、汚職・人権侵害・報道の自由の侵害といった問題があり、ナウル政府による問題の改善が行われるまで支援を停止するとのことです。 ナウルと日本軍の関係 太平洋戦争中は日本軍がナウル島を支配していました。 日本軍はナウル人1,500人をトラック島に強制疎開させ働かせようとしましたが、ナウル人は食って寝て遊んでいるだけで全く働かなかったと言われています。 また、強制疎開させられたナウル人のほとんどはナウルに帰ることなくトラック島で亡くなっています。 ナウル人は食事を自炊せず、家で缶詰を食べるか中国人の経営するレストランで脂っこいものばかり食べているので、みんな太っています。 島のスーパーには缶詰とインスタント食品ぐらいしか売っていません。 平均寿命は50歳以下と言われています。 女性でも太っている人の方が魅力的とされます。 人口の9割は無職。 でも不安も焦りもない。 税金はなく、学校は無料。 病院、水道光熱費まで無料です。 これまで、国民全員に無条件で国から年金が支給され、新たに結婚した人には住居すら提供されていたため、人々は仕事をしなくても生活できていました。 18人の定員が必要な政府の仕事すら出稼ぎ外国人に任せることもあり、ナウル国民で働いているのは16人の国会議員のみ、という噂が流れたこともあります。 リン鉱石が発見される前ナウル人はもともと漁業と農業で生計を立てていたと言われていますが、リン鉱石バブルが一周して終わった今、ナウル人はまた魚釣りとココヤシの収穫に立ち返っていくことになるでしょう。 海に入って網で魚を取る若者。 どんな状況でも根っから明るいんですよね、ナウル人は。 悲壮感というものが一切ありません。 ナウルへ旅行に行く人はどれぐらいいるの? ナウルへの旅行者は、なんだかんだで1ヶ月で50人~100人ぐらいいるようです。 旅行者は、ビザ発給のため、ナウル政府の庁舎に行ってノートに名前やパスポート情報などを記入する必要がありますが、政府の担当者にお願いすれば簡単にノートを見せてくれます。 旅行者の国籍も様々で、オーストラリアやニュージーランドを始め、日本やヨーロッパ、アメリカから来る人もいます。 テレビ局の取材旅行で来る団体も結構多いようです。 ナウルビザの取得方法 あらかじめメールで政府の担当者に連絡しておき、ナウル空港に到着するとその担当者が空港にビザを持ってきてくれます。 その後政府庁舎に行き、発行費用の100オーストラリアドルを窓口で支払います。 到着した日にパスポートを政府に預けて、翌日に受け取りに行きます。 ナウルの新聞はフルカラー。 結婚した人、生まれた赤ちゃんの情報が満載! ナウルの新聞は月刊です。 そもそものんびりしまくっているこの国では大きな出来事なんて起こらず、月刊で充分なのです。 月刊なだけに紙面は結構充実していて、1ヶ月分で約50ページ、フルカラーです。 英語で書かれています。 ナウルの選手もロンドンオリンピックに出場していました。 新婚さんや生まれた赤ちゃんも新聞に紹介されます。 ホテルは国に2件しかありません。 海沿いのメネンホテルがオススメです ナウルにホテルは、メネンホテルとオドゥン・アイウォ・ホテルの2つしかありません。 海沿いに立つメネンホテルは、レストラン・バー・プールといった高級ホテルのような設備が付いています。 1泊115オーストラリアドルです。 部屋はこんな感じ。 夜になるとバーに旅行者が集まってきて、意外と盛り上がります。 朝食はこんな感じです。 オドゥン・アイウォ・ホテルは街中にあり、メネンホテルよりも若干安いです。 1泊110オーストラリアドルとのことでした。 必要な設備はそろっていますが、観光やリゾートといった雰囲気ではなく、ナウルにビジネス目的で訪れるお客さんが多いようでよく満室になります。 ナウルを歩いてみたら、16時間でまるまる一周できてしまった 島の外周沿いにアスファルト道路が整備されています。 自動車なら30分ぐらいあれば一周できてしまいます。 ホテルでバイクをレンタルできます。 島内一周ドライブは、やることのないナウル人の暇つぶしとして定着しています。 たまに、フラフラ歩いている外国人旅行者を拾ってはタクシーのようなサービスを提供して、ホテルまで送って5オーストラリアドルぐらいのお小遣いを稼いだりしています。 無料で載せてくれる人もいます。 よほどヒマなのか、歩いているとナウル人の方から話かけてきます。 子供がたくさんいて、みんな恥ずかしがり屋ですが元気です。 日本車や日本のバイクがたくさん走っています。 島の中心地は岳になっています。 高台から海を見下ろすことができます。 ナウルでの娯楽は、この島内一周ドライブと、台湾から輸入したDVD鑑賞、何件かあるゴルフ場の3つ、と現地では言われています。 たまに、バレーボールもやっています。 たまに、集会所でビンゴ大会のようなものもやっています。 ナウルへの行き方。 オーストラリアから直行便が出ています。 景気が良かった当時は鹿児島からナウルへの直行便が出ていましたが、ナウル航空のなくなった今、そんな便はもう存在しません。 ナウルに行くには、Our Airlineという航空会社しかありません。 オーストラリアのブリスベンから週1便、ナウル便が出ています。 Our Airlineの時刻表はこちらです。 よく変更されているようですが。 ネット上で予約しクレジットカード決済が可能ですが、旅行代理店では提携していないようで手配してくれません。 ブリスベンからナウルへのフライト中に提供される機内食。 まあまあです。 ちなみにOur Airlineの前身はナウル航空で、台湾の支援を得て業務再開したものです。 現地でしか手に入らない、ナウル国民が愛する手書き地図 ナウルに行く人にはこれは必需品です。 ナウル空港で無料で手に入るものですが、意外としっかりしており、とても便利です。 アホウドリはまだいる ナウルの生みの親、アホウドリはまだナウルにいます。 このアホウドリの糞のおかげで働かずに生活してこれたと思うと感慨深いものがあります。 空と海が結構キレイ 太平洋に浮かぶ島国なだけあって、空と海の水がキレイです。 しかし遠浅のサンゴ礁ではないので浜辺は岩肌でゴツゴツしており、トロピカルフィッシュはほとんど見当たりません。 私が滞在していた時はビーチからすぐ近くに中型のサメが泳いでいました。 せっかく水がキレイですが、ビーチリゾートとしてのダイビングには向かないようです。 赤道のほぼ直下だけあって空も青々としています。 電線にはテレビゲームのコントローラーがぶら下がっています。 リン鉱石の採掘跡。 まだがんばって掘ってます! 島の中心に向かって道を進んでいくと、リン鉱石の採掘跡に出くわします。 リン鉱石の採掘工場跡地。 掘り尽くされていますね。 壮観です。 もはや稼働しておらず、人っ子一人いません。 廃墟がたくさんあります。 採掘したリン鉱石を運輸するための鉄道。 電車はもう走っておらず、ヒマな若者の昼寝スポットになっています。 ゴミは島の一箇所に集めて放置しています。 リン鉱石を船積みするための大型設備。 解体を待つのみです。 リハビリテーションプログラムと称して、リン鉱石の再採掘を開始しています。 島の表面のリン鉱石は掘り尽くしたものの、さらに掘り進めば今後30~40年分のリン鉱石がまだ採掘できるという政府の目論見があります。 ナウルでの旅行者の食事は? 中国人が経営する中華レストランが島の外周道路沿いに何件かあります。 簡単な中華メニューがいくつかあります。 ライスに肉と野菜を乗せたもの。 チャーハンのようなもの。 ラーメンもあります。 麺にいろいろ乗っけたもの。 レストランには必ずネコがいます。 かわいい! ナウル人のお店がないのは、もともと働く意欲がない上に、親切過ぎてビジネス感覚がなく、お店を始めて物を売ったとしてもお金を貰わなかったりで経営にならないためと言われています。 空港は中学校のグラウンドぐらいの大きさ。 もちろんプロペラ機。 狭い島国であるナウルには首都という概念がありません。 一応、空港があるヤレン地区が中心地とされており、お店が集中しています。 ナウル空港の風景。 ナウル空港の係員さん。 飛行機はほとんど飛んでこないので、いつもヒマそうにしています。 政府庁舎は空港のすぐ向かいにあります。 ナウルとツバルとキリバス ナウルの周辺には、ツバルやキリバスと言ったミクロネシアの小国が存在します。 ナウルもツバルも、非常に小さい島国で海面上昇によりいつかは沈没してしまう国と呼ばれています。 近隣国のキリバス共和国はナウルとは真逆で、人々は熱心に労働し、グローバルに活躍できる人材の輩出を目指しています ナウルの今後 経済的破綻、国民の肥満率の高さと糖尿病率の高さ、亡命者の扱いや関係諸国との関係、海面上昇に伴う国土の沈没。。。 小国ナウルを取り巻く課題は山積しています。 既に崖っぷちを一歩超えてしまったような状態ですが、国は現在も存続しています。 今後どのような手段で現状を打開するのか、それともしないのか、ナウルの一挙一動から目が離せません。

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ナウル、世界一の贅沢に溺れた国の結末:日経ビジネス電子版

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496,327アクセス• 難民用仮設住宅の建設や警備等の人たちが滞在していたため、訪問した2013年当時は宿の予約は困難でした。 2018年の情報によると、建設が完了した難民キャンプ等も増えており、宿の予約も徐々に入れられるようになってきているようです。 ただ、宿泊施設自体が少ないため、必ず宿の予約をとり正規の入国用書類を入手してから訪問するようにしてください。 ------------------------------------------------- ナウルに行ってみました。 バチカン・モナコに次いで三番目に小さい国。 ネットでちょっと調べると、リン鉱石を売りまくって収入を得ていたが それが枯渇してきた上、副業(不動産業・航空業等)に次々失敗し、国家が経済破綻したとか、国民の9割が働かないとか、一時国際電話がつながらない状態になったとか。 某イッテQに日本人に最も不人気な国認定されたりと散々な言われようです。 個人ブログ等にナウルの記事が載っていたりしますが、数年前なのに情報が古くなっていましたので、今後訪れる方のために2013年夏時点のナウルへの行き方や見所などを残しておきます。 ここで掲載した情報は古くなっていることが想像されます。 実際に行かれる際には、外務省の海外安全ホームページを見たり、下記に記載した該当各所に問い合わせをするなど自己責任でお願いします。 【ナウル基本情報】(一部外務省HPより) 正式国名 ナウル共和国(Republic of Nauru) 国歌 Nauru Bwiema(ナウル我が祖国) 面積 21. 1 sq km 人口 約1万人(2011年) 元首 スプレント・アルモゴ・ダブウィド(2011年) 民族構成 ミクロネシア系 宗教 主にキリスト教 言語 英語(公用語)、ナウル語 通貨 オーストラリア・ドル 国際電話番号 674 時差 日本より2時間はやい。 サマータイムなし。 気候 11-2月(夏)は雨季、その他は乾季。 ペットボトルで。 郵便 葉書はAUD1。 郵便局はCivic Center 1軒のみ。 税金 なし 治安 通常問題ないが、何か起こっても対応してくれるかは不明。 水道 ホテルでのシャワーは使えるが不安定。 歯磨きはペットボトル使用を勧める。 電気 比較的安定していたが、たまたまかも。 クレジットカード 運がよければメネンホテルのみで通用する。 AMEX, Master Cardのみらしいが、詳細不明。 両替 できない。 日本の大使館 在フィジー日本国大使館が兼轄。 【入国】通常の国と違い、手順が重要です。 ポイントはフライトより先にホテルを予約すること。 <事前準備> 1 Our Airlineしか乗り入れていないため航空会社HPよりスケジュールをチェック。 空席がありそうなことを確認(まだ予約しないこと)。 2 ホテルに空室があるか確認。 最新の航空会社HP、ガイドブック掲載の連絡先に問い合わせます。 訪問当時と違い、hotels. comやBooking. comなどが利用できるようになったようです。 空室がなければ日程を変更するか、あきらめる。 あきらめることも大切ですw 3 ホテル予約が取れたら、フライトを予約。 4 ビザを申請。 2019年の外務省の海外安全ホームページによると、電子メールで申請するように戻ったようです(2013訪問時も電子メールでしたが一時期は電話推奨でした)。 5 OKの場合、メールが返って来るので、入国時に提出するために印刷して持参しましょう。 <ナウル到着後> (2013年の情報です) 1 イミグレで一旦パスポートを預けることになります。 2 通常翌日、イミグレオフィスに行って預けたパスポートと入国税Invoiceを受け取ります。 このとき、ビザ用の書類を記載します。 パスポートにビザがあること、ビザと入国スタンプの日付・名前を確認します。 銀行の領収書の取扱いを必ずききましょう。 (私は頼んでイミグレに振り込んでもらったので詳細がわかりません。 【出国】 通常の国の出国と同様です。 3時間前からチェックイン可です。 イミグレで出国スタンプをおしてもらいます(日付を要確認)。 出国税はありませんでした。 Duty Free Shop自体はありますが、実質稼動していません。 ・到着後タクシーを呼ぶ。 (観光時&イミグレオフィスに行く時) ・ホテル予約時にレンタカーを手配する(要国際免許)。 レンタカー代は1日AUD70-120程度。 私はAT車でした。 マニュアルがあるかは不明。 ・バスはあって無料だが、1日8本で実質ないのと一緒。 詳細なルートはわかりません。 (島を一周するだけ、との情報あり) ・タクシーチャーターは下記会社に要相談。 ----------------------------------------- では、旅行記いってみましょー! 上で、予約の手順が大事とか、宿を予約しイミグレ用書類を用意してから行こうとか言っていますが、それは行ってみてわかったことでありこのときはまだ知りません。 よって、今回は航空機のみ予約をしてホテルの予約はありません。 ただ、1ヶ月前からホテルへの電話での問合せとイミグレ担当者へメールを送るなどしていました。 が、満室だったり、返事が無かったり。。 キリバスから入ったのですが、ホテルがないかキリバスの旅行会社で問い合わせてもらったところ、やはりメネンホテルは満室との回答。。 不安な中での搭乗です。。 現在ナウル共和国の日本人から見てびっくりするような習慣や風習、文化について調べいています。 調査過程でworker ant様のブログを拝見し、旅行された経験があるということでナウル共和国でのお話をお伺いしたいと思いご連絡させていただきました。 もし失礼でなければなのですが、お電話でお伺いするのが一番スムーズかと思います。 よろしければお電話番号とご都合の良い時間を教えていただけますでしょうか。 お忙しければ、メールでも結構です。 下記のアドレスにご連絡くださるとありがたいです。 よろしくお願いします。 新島のどか niijima zippy-pro.

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世界一の富裕国は50年足らずで最貧国になった|ナウル共和国の歴史|ヨナヨナ

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: ナウル共和国 Naoero, Republik (ナウル語) Republic of Nauru (英語) () () 国の標語: God's Will First (英語: 神意を第一に) : 、 (政庁所在地) 1 最大の都市 (最大の居住地) 1 政府 総計 () 水面積率 0. ナウル共和国(ナウルきょうわこく)、通称 ナウルは、南西部に位置するナウル島にあるである。 の輸出によって栄えた。 1980年代には太平洋地域で最も高いを享受し、公共料金や税金は無料という生活を謳歌していた。 しかしリン鉱石の枯渇により1990年代後半から経済は破綻状態となり、再建に向け模索が続いている。 詳細は「」を参照 先史時代 [ ] ナウル人がナウル島に渡来した時期は考古学・言語学の調査が十分に行われていないため詳細は不明だが、頃に西方からカヌーによって行われたと推測されている。 そのため近隣のやと同系統の系の文化を持つ社会が存在していたとされる。 また系文化の影響も多分に受けており、古代にメラネシアとの交渉があったと推測されている。 植民地時代 [ ] にの捕鯨船ハンター号の船長ジョン・ファーンが来島し、島をプレザント島 Pleasant Island と命名。 その後1830年代と1840年代には、食料と水を求める捕鯨船やビーチコンバー(浮浪白人)と呼ばれる人々が島を訪れた。 4月にの保護領となる。 にの地質学者 ()がリン鉱石の鉱床を発見する。 ドイツは採掘権をイギリス資本の「パシフィック・フォスフェート・カンパニー」に与え、に採掘が開始された。 でドイツがイギリスに宣戦布告したことで11月にオーストラリア軍はナウル島を占領し 、戦後のにはイギリス・・ニュージーランドの3国を施政国としてとなった。 8月に日本軍が占領。 1,200人の島民がに強制連行され、多くの島民が死亡した。 第二次世界大戦後の1947年には再びイギリス・オーストラリア・ニュージーランドの3国を施政国としてとなった。 独立後 [ ] に内政自治を獲得 、には独立してに加入した。 1980年代にはリン鉱石の輸出で得た莫大な収入により太平洋地域で最も高い生活水準を誇ったが、その後のリン鉱石の枯渇によって政府は深刻な財政危機に瀕することとなる。 また、2000年代にはが問題になり、国際社会から非難が集まった。 詳細は「」および「」を参照 リン鉱石の採掘は1907年に開始された。 一度は枯渇したものの、2次採掘(リン鉱石の二次層の採掘)が開始されたことで収入は増加基調にある。 二次採掘は30年から40年行えると推測されている。 ナウルのリン鉱石は、鳥の糞と死骸が混ざりあったが島の土壌やサンゴ礁と混ざりあったことで時間の経過とともに形成されたという。 通信 [ ] 政府が週刊紙"Nauru Post"と隔週紙"Bulletin"をナウル語および英語で発行しているほか、海外の新聞も広く購読されている。 固定電話の契約数は2009年時点で1,900件、携帯電話の契約数は2016年時点で9,900件。 国営のラジオ・ナウルがナウル語と英語で放送されており、ラジオの台数は1994年時点で6,000台。 インターネット利用率は2011年時点で54. 国外 [ ] 国外との交通は長らく海運に依存し、輸出入を行っていた。 国営のが運航している。 かつては世界各地の都市に就航していたものの、1985年にリン鉱石による収入が減少したことで日本などへの定期便が廃止され、航空機も7機から2機に削減された。 国営のナウル太平洋海運は3隻の商船を所有している。 国民 [ ] 人口 [ ] 2018年時点で人口は1. 1万人。 1990年代頃までは住民の4割程度が外国人労働者であったが、リン鉱石採掘の縮小に伴って激減した。 ナウル人は海岸部の伝統的な集落に住み、キリバス人、ツバル人、中国人は採掘場付近に住む。 ナウル人の民族的な起源にはミクロネシア系、メラネシア系、ポリネシア系があり、ポリネシア系が最も近いとされる。 ナウル人は伝統的に12の母系的血縁集団に分かれているが、血縁関係や相続には父系的な特徴も見られる。 19世紀にコーカソイド系、ネグロイド系、太平洋諸島の人々と混血したことで祖先に比べて大きく変貌している。 価値観 [ ] 女性の進出には消極的な価値観が残っている。 特にナウルでは第二次世界大戦で日本軍が島民を強制連行して人口が減少したため、結婚と出産が女性の役割であるという社会的な圧力が強い。 言語 [ ] 主要言語はナウル語と英語である。 ナウル人のほとんどはナウル語と英語を話すことができるが、日常会話ではナウル語が使われる。 教育や行政、ビジネスでは英語が広く使われている。 宗教 [ ] 19世紀からキリスト教が広まった。 国民の大部分はキリスト教徒であり、3分の2が、3分の1がである。 健康 [ ] 2013年時点の平均寿命は79. にが発表した調査によればナウルの人口の78. またナウル人の最大の死因はである。 文化 [ ] スポーツ [ ] Linkbelt Ovalで行われたオージーフットボールの試合 オーストラリアの影響でが盛んであり、国内リーグも存在する。 場所は主に経済的に繁栄していた頃に建設されたサッカー兼用のスタジアム「Linkbelt Oval」を利用している。 祝祭日 日付 日本語表記 現地語表記 備考 1月1日 元日 New Year's Day 1月31日 独立記念日 Independence Day 1968年のこの日に独立したことに由来 3月か4月 復活祭 Easter 変動祝日 5月17日 憲法記念日 Constitution Day 1968年のこの日に憲法が制定されたことに由来 10月26日 Angam Day 第一次大戦後の人口調査で、民族の存続に必要な1,500人を下回っていることが判明したナウルの人口が、1932年のこの日に1,500人に達したことを記念 12月25・26日 クリスマス Christmas 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 1308. , pp. 406-407. 406. , p. 535. , pp. 31-32. , p. , p. 36-37. , p. , p. 536. , p. , p. 54, 58. 534. 537. , p. 407. , p. 184. , p. 539. , pp. 22-23. , p. , pp. 534-535. , p. 158. , p. 159. 参考文献 [ ]• リュック・フォリエ『ユートピアの崩壊 ナウル共和国』林昌宏訳、新泉社、2011年2月10日。 石森秀三、青木公「ナウル」『世界大百科事典 21』下中直人編、平凡社、2007年9月1日。 柄木田康之「ナウル共和国」『世界地名大事典2 アジア・オセアニア・極II』竹内啓一編、朝倉書店、2017年11月20日。 田辺裕「ナウル」『世界地理大百科事典5 アジア・オセアニアII』朝倉書店、2002年3月10日。 小川和美「ナウル」『オセアニアを知る事典』平凡社、2010年5月19日、新版。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 ナウルに関連する および があります。 政府 日本政府• (日本語)• - 在ナウル大使館を兼轄 (日本語) ナウル政府• (英語) その他•

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