コロナ ウイルス 自殺。 警察庁が3月の自殺者数を発表 新型コロナウイルスによる影響はあったのか(藤田孝典)

米ニューヨーク市の医師が自殺 新型ウイルスの最前線で勤務

コロナ ウイルス 自殺

緊急事態宣言が出され、国内感染は重大局面を迎えた。 先月末、新型コロナウイルスに感染し、現在、西日本の病院の隔離病室に入院している55歳男性会社員が感染者にしか分からない苦悩、近親者から浴びせられた心ない言葉、近隣住民から受けた、いわれのない差別の数々を病床から電話で語ってくれた。 いま思えばそれが最初の症状です。 翌々日朝、体温を測ったら37度で昼すぎには38度まで上がり、夕方まで家で寝込みました。 症状が出て4日目、体温は37度5分。 食欲がなかったため、好物のカップラーメンを食べることにしたんです。 ところが麺もスープも何の味もしない。 食感も「何だ、こりゃあ」って。 まるで砂利を食べているような感覚でした。 2口だけ食べ、後は捨てました。 この頃からです。 腰と関節の節々がもの凄く痛くなり、自力で立ち上がれないほどになった。 悪寒に襲われ、体温が38度5分まで上がりました。 それから3日間、調子が良くなったり、悪くなったり。 そんな時、病気療養中だった身内が亡くなりました。 打ち合わせ、通夜、葬儀、火葬などに追われ、慌ただしく過ごしたため、その間の記憶は曖昧で食事もほとんど口にしていません。 お腹はグーグー鳴るけど、食欲はないという状態でした。 症状を自覚する一方で、時間さえ経過すれば回復するのではと甘く考え、マスクは外さず、葬儀場の待合室でも1人で過ごすなど、極力、人との接触を避けていました。 その後、食欲が出てきたため、「これは快方に向かっている」と一瞬、喜んだのですが、それも束の間、10日前に鼻水の症状を指摘してくれた友人の感染が判明。 翌日、PCR検査を受け、陽性が確認され、即入院です。 どこから聞いたのか分かりませんが、地方都市ということもあり、その日の夜7時には街中に私の感染は知れ渡りました。 感染が分かり、一番初めに頭をよぎったのが、濃厚接触者である親族のことです。 ところが感染を伝えると開口一番、「何してんだよ、あんたのせいで感染するんだよ」と罵られ、まるで殺人者のような扱いを受けました。 他の身内は「気にするな」と励ましてくれましたが、気にするなという方が無理な話です。 迷惑を掛けたのは自分ですから。 自責の念にさいなまれ、打ちひしがれた私を救ってくれたのは、看護師さんの「あなたも被害者なんだから、気持ちをしっかり持ちなさい」という一言でした。 感染経路に心当たりはありません。 強いて挙げるならば、JRと飛行機の移動中です。 ただその間もずっとマスクをしていました。 糖尿病の持病がありますが、喫煙歴はなく、入院後は症状が回復し、投薬も点滴も受けていません。 親族が、酒席を共にした友人から「おまえ、うつってんじゃねえか? オレにうつったらどうしてくれんだ」と言われたそうです。 親族は陰性でした。 別のいとこは、葬儀に出席したことを勤務先の養護施設に正直に申告し、1カ月の出勤停止になりました。 彼は60歳を越え、他に働く場所もなく、収入はわずかでしたが、日給月給のため、その収入も途絶えました。 それなのに「気にすんなよ」と気遣ってくれ、涙が止まりませんでした。 感染しただけで、好奇の目で見られます。 田舎では村八分です。 体は治ります。 病気は何とかなります。 でもメンタルはやられます。 誰もが感染したくてしたわけではありません。 そのうち、間違いなく自殺者が出ます。 【動画】•

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コロナ下の4月、自殺者数が過去5年で最少に…本当に自殺者は増加するのか?

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新型コロナウイルスの影響で仕事を失ったり、収入が激減するなど、経済的に追い詰められている人が増えている。 雇用情勢の急激な悪化と暮らしの危機は、2008年のリーマン・ショック時を超えると言っていいほどの深刻さだ。 厚生労働省によると、新型コロナ関連の解雇や雇い止めは、21日時点で1万人を超えた。 四半期ごとの契約が多く5月末に更新が集中する派遣社員の大量の雇い止めという「5月危機」もささやかれている。 感染拡大が年末まで続けば、完全失業率は7・5%まで悪化すると推計するシンクタンクもある。 本格的な影響はこれからだとされ、リーマン後の09年の5・1%を大きく上回るとの見方だ。 最後のセーフティーネットと呼ばれるの申請件数もリーマン超えが現実味を帯びてきた。 共同通信のまとめで、「特定警戒都道府県」に指定された道府県庁所在地の多くで、4月の生活保護申請が前年の2~5割増えていたことが分かっている。 08年9月の生活保護受給者は約158万人だったが、1年後には約175万人と大きく増加。 その後も厳しい雇用情勢が続き200万人を突破した。 製造業の派遣労働者が中心だったリーマン時と違い、今回はより幅広い層に影響が及んでいる。 感染への不安と先が見通せない不安が横たわる中、専門家からは自殺リスクの高まりを懸念する声も上がる。 普段は女性からの電話が多いが、今回は男性が半数以上を占め、収入減で先行きが見えないといった悩みが相次いでいる。 経済危機から精神的に追い詰められている人が増えているのだろう。 外出自粛で孤立を深め必要な支援にたどりつくことができないのかもしれない。 「店に客が来ず生活苦で死ぬしかない」など内容は切羽詰まっている。 景気悪化による自殺リスクの高まりは、リーマン後に自殺者が増えたことからも明らかだ。 心の問題は危機が一息ついた段階で表面化しやすいといわれる。 過去の教訓を生かし心のケアを強めなければならない。 今は非常時の対応として、生活保護の支給要件の緩和や審査の簡素化など積極的な活用を促す時である。 新型コロナ特措法の付帯決議には「自殺対策を万全に講ずる」との一文がある。 政府には自治体や民間とも連携し対策を推進してもらいたい。 事態が収束したとしても、失業率が高まり、自殺に追い込まれる人が増えれば、コロナ禍を乗り越えたとはとてもいえない。

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経済不況で自殺が増加する:コロナウィルス経済対策の重要性(西多昌規)

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帰国者の受け入れは厳戒態勢だった(写真/時事通信社) 埼玉県和光市の緑豊かな一帯にある国立保健医療科学院。 保健、医療、福祉に従事する職員の人材育成などを行う同科学院には、7階建ての受講生用寄宿舎がある。 通常は研修中の地方自治体職員などが宿泊する施設だが、現在は新型コロナウイルスが猛威を振るう中国・武漢からの帰国者が、一時的に身を寄せている。 2月1日午前10時15分頃、同科学院周辺に救急車のサイレンが鳴り響いた。 「ドサッという音を聞いた施設関係者が、寄宿舎近くで倒れている血だらけの男性を発見。 すぐに119番通報しましたが、男性は搬送先の病院で死亡が確認されました。 遺書は見つかっていませんが、遺体の状況から寄宿舎の上階から飛び降りたとみられています」(全国紙社会部記者) 死亡したのは、内閣官房の男性職員A氏(37才)。 「警視庁から内閣官房に出向していた男性で、帰国者の滞在受け入れ要員に抜擢されていました。 本人はまさか新型コロナウイルスの最前線に立つとは思っておらず、ここ数日は動揺もあり、心ここにあらず、という様子だったそうです」(前出・全国紙社会部記者) A氏が自殺した当時、この科学院には政府が派遣した第三便のチャーター機で1月31日に帰国した149人のうち、98人が滞在していた。 「A氏は1月31日から施設に泊まり込み、過酷な勤務状況が続いていたようです。 自殺と受け入れ業務の因果関係は不明ですが、混乱を極める現場で大きなストレスを抱えていたのは間違いないようです」(前出・全国紙社会部記者) 帰国者のメンタルも限界に。 怒号が飛び交い、恐怖さえ感じる現場だったという。 武漢からのチャーター機が帰国を始めたのは1月29日。 第一便で206人が帰国して、ウイルス検査後に191人が千葉県勝浦市にある勝浦ホテル三日月に滞在した。 「ところが部屋は140室しか用意されておらず、2人1部屋を強いられた帰国者もいた。 そのうち2人に新型コロナウイルスの陽性反応が出て、『感染者と非感染者を相部屋にするなんておかしい!』と、怒鳴り声も聞こえました」(前出・全国紙社会部記者) 制約の多さに帰国者から不満が途絶えることなく続く。 「帰国者はホテルの居室で終日過ごすよう伝えられ、部屋のカギを受け取れませんでした。 また、衣服は客室内の洗面所で洗うよう求められ、食事は弁当支給でした。 こうした対応に不満を抱きクレームが噴出して、受け入れ現場は殺伐としていました。 最初のチャーター機では、思いもよらぬ「主張」をする帰国者も現れた。 2人の帰国者が帰国後のウイルス検査を拒否し、強引に自宅に戻ったのだ。 「2人は、『自分には症状がない』『早く家に帰りたい』と訴えたそう。 また厚労省の職員が『ご自身のために検査を受けるべきです』と説得すると、怒り出して動画を撮影し始めた。 その後、SNSなどで『彼らが自由に動くのはバイオテロだ』など役所の対応のまずさが批判されました」(前出・全国紙社会部記者) 大々的に報じられていないが、実は第二便、第三便でも軋轢が生じていた。 「受け入れ先で、『テレビがない』と不満を言ったり、『こっそり逃げ出すぞ』と脅しのように凄む帰国者がいたそう。 相部屋が不満で、『こんな狭いところに閉じ込めるな!』『人権無視か!』などの怒鳴り声もあったとか」(政府関係者) そんなクレームを一身に受けるのがA氏のような公務員たちだ。 「有名国立大学を卒業し警視庁に採用された彼は、企画課と公安総務課などを経て内閣官房に。 大学時代はボート部に所属したスポーツマン。 仕事ができ出世も早かった。 ただ、真面目すぎる面もあった。 A氏は危機管理を担当していた関係で、帰国者対応を命じられました。 真面目な彼は帰国者の怒りのハケ口となり、サンドバッグ状態。 2日間、寝ずに相当なプレッシャーを受け続けた。

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