新 世界 より アニメ。 貴志祐介さんの『新世界より』を今更ながら感想を書く

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新 世界 より アニメ

端的に言えば、2010年代から数えておよそ1000年後の未来を描いた物語。 そも呪力が発見されたのは2011年のことであり、それから間もなく、呪力を持った人間が多く誕生するようになりました。 しかし呪力を持つ者は自然と持たざる者を虐げることに目覚めてしまい、しかし持たざる者は持てる者に対して反抗を試みる。 持てる者と持たざる者の衝突は、やがて世界規模の戦争へと発展し、最終的には全人口の九割以上が死滅しました。 終戦後、日本では大きく分けて四種類に分類される体制が諸処で発生し、そして潰えていきました(この辺りは第4話で説明された通り)。 二度と人々が争うことのない社会秩序を築こうということで、現代では様々な試みが為されています。 念のために補足しておくと、攻撃抑制とは例えば「野生動物が喧嘩しても相手を殺さずに終わらせるような行動」のことです。 ちなみに異性間の性行動に関しては厳密に管理されています。 要するに「同性間ではセックス推奨、ただし不純異性交遊は厳禁」というわけなのです。 なお作中でやたらキャラ同士の肉体的なスキンシップが激しかったりするのは、実はこの辺りの設定に基づいています。 第4話冒頭で主人公たちが「人間同士の暴力」の存在を信じられなかったのは、こうやって同種間の攻撃が徹底的に排除されたシステムが築かれていたためです。 なお現代のような管理社会体制が確立されても、なお懸念されているのは「悪鬼」と「業魔」について。 第1話、第2話においてはおとぎ話に仮託して子供たちに幼少の頃から教え込まれていることが示されていたものです。 第4話において、前者が「ラーマン・クロギウス症候群」(別名「『鶏小屋の狐(フォックス・イン・ザ・ヘンハウス)』症候群)に該当する精神病疾患者、後者が「橋本・アッペルバウム症候群」を発症した重篤期患者のことを指していると明かされました。 業魔に関しては現時点ではネタバレになるため詳述はできませんが、「悪鬼」とは要するに、前述した「攻撃抑制」や「愧死機構」が備わっていないために平気で殺戮を引き起こす、いわば「殺人鬼」のことです(精神病ゆえ理性的な制御は不可能です)。 呪力を上手に扱えない者(例えば第1話で姿を消した麗子)や排他的な意図で呪力を使う者(例えば第2話で姿を消した片山)を処分したのも、こうして悪鬼の出現を招きそうな因子を取り除くためです。 一方でこの世界には、呪力を獲得した人類以外にも様々な新種の動物たちが登場しています。 中でも注目すべきは「バケネズミ」。 人間と同等の知性を持つものの、呪力を持つ人間たちを「神」と崇めて、それへの隷属を強要されている種族です。 逆らえばコロニー単位で人間から全滅させられるという、一方的に搾取される関係になっています。 とはいえ人間とバケネズミの関係は、喩えるならば「実効支配を行わない植民地」のようなもの。 人間側はバケネズミ側に「仕事」を強要しますが、それ以外は彼らの自由にさせています。 バケネズミ自身たちの政治や独自の文化の発展は認められています(きちんと人類に届け出をすればコロニー間で戦争をするのも認められています)ので、人間に対して従属的なコロニーも存在するわけです。 しかし大人たちは子供たちをバケネズミに近づけさせようとはしません。 さすがに映像と音声だけで理解するのが難しいのであれば、原作小説を読んでみることですね。

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新世界より: アニメのレビュー/感想

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端的に言えば、2010年代から数えておよそ1000年後の未来を描いた物語。 そも呪力が発見されたのは2011年のことであり、それから間もなく、呪力を持った人間が多く誕生するようになりました。 しかし呪力を持つ者は自然と持たざる者を虐げることに目覚めてしまい、しかし持たざる者は持てる者に対して反抗を試みる。 持てる者と持たざる者の衝突は、やがて世界規模の戦争へと発展し、最終的には全人口の九割以上が死滅しました。 終戦後、日本では大きく分けて四種類に分類される体制が諸処で発生し、そして潰えていきました(この辺りは第4話で説明された通り)。 二度と人々が争うことのない社会秩序を築こうということで、現代では様々な試みが為されています。 念のために補足しておくと、攻撃抑制とは例えば「野生動物が喧嘩しても相手を殺さずに終わらせるような行動」のことです。 ちなみに異性間の性行動に関しては厳密に管理されています。 要するに「同性間ではセックス推奨、ただし不純異性交遊は厳禁」というわけなのです。 なお作中でやたらキャラ同士の肉体的なスキンシップが激しかったりするのは、実はこの辺りの設定に基づいています。 第4話冒頭で主人公たちが「人間同士の暴力」の存在を信じられなかったのは、こうやって同種間の攻撃が徹底的に排除されたシステムが築かれていたためです。 なお現代のような管理社会体制が確立されても、なお懸念されているのは「悪鬼」と「業魔」について。 第1話、第2話においてはおとぎ話に仮託して子供たちに幼少の頃から教え込まれていることが示されていたものです。 第4話において、前者が「ラーマン・クロギウス症候群」(別名「『鶏小屋の狐(フォックス・イン・ザ・ヘンハウス)』症候群)に該当する精神病疾患者、後者が「橋本・アッペルバウム症候群」を発症した重篤期患者のことを指していると明かされました。 業魔に関しては現時点ではネタバレになるため詳述はできませんが、「悪鬼」とは要するに、前述した「攻撃抑制」や「愧死機構」が備わっていないために平気で殺戮を引き起こす、いわば「殺人鬼」のことです(精神病ゆえ理性的な制御は不可能です)。 呪力を上手に扱えない者(例えば第1話で姿を消した麗子)や排他的な意図で呪力を使う者(例えば第2話で姿を消した片山)を処分したのも、こうして悪鬼の出現を招きそうな因子を取り除くためです。 一方でこの世界には、呪力を獲得した人類以外にも様々な新種の動物たちが登場しています。 中でも注目すべきは「バケネズミ」。 人間と同等の知性を持つものの、呪力を持つ人間たちを「神」と崇めて、それへの隷属を強要されている種族です。 逆らえばコロニー単位で人間から全滅させられるという、一方的に搾取される関係になっています。 とはいえ人間とバケネズミの関係は、喩えるならば「実効支配を行わない植民地」のようなもの。 人間側はバケネズミ側に「仕事」を強要しますが、それ以外は彼らの自由にさせています。 バケネズミ自身たちの政治や独自の文化の発展は認められています(きちんと人類に届け出をすればコロニー間で戦争をするのも認められています)ので、人間に対して従属的なコロニーも存在するわけです。 しかし大人たちは子供たちをバケネズミに近づけさせようとはしません。 さすがに映像と音声だけで理解するのが難しいのであれば、原作小説を読んでみることですね。

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『新世界より』とかいう作画以外は完璧なアニメ

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こんにちは。 今更ながら貴志祐介さんの『新世界より』について感想を書きたいと思います。 アニメ化したのも数年前で、アニメも全て見ました。 本当に今更な感想ではありますが、今でも内容については鮮明に覚えています。 新世界よりはにある通り、のに由来しています。 クラシックも好きなので、ここら辺興味をそそられて書籍を購入した経緯もあります。 また、私は冲方丁さんも好きです。 基本的にはSFが好きなので、好きな作家というよりはSF要素があって好きな作品を書く方の名前は憶えております。 そこで今回は『新世界より』の感想を書いていきたいと思います。 アニメももちろん良かったです。 特にEDの「割れたリンゴ」は早季役の種田さんの美しい歌声とどこか憂鬱なメロディーがかみ合っていて今でも好きで聴いています。 アニメもおすすめなので、興味があればぜひ一緒に見て欲しいと思います。 ネタバレ的な感想は出来るだけ避けていきたいと思います。 スポンサーリンク Contents• 新世界よりの感想 作品自体に神秘的な魅力を感じるのですが、実際に読んでみて結末に辿り着くまではこの作品の世界観に歪さを感じます。 もっとも、その「歪さ」が物語の中のキャラクターを動かしていきます。 小説の描写でも、実際にアニメでも「呪力」という力を持っているにも関わらず、日本の風情を残した自然風景溢れる環境で物語は進み、そこが舞台です。 この「呪力」によって人間が便利な生活をしているのですが あまりに「危険」が少ない世界観に「歪さ」を覚えるのです。 現実世界で言えば、殺人などの凶悪犯罪が日々起こっています。 本音ベースで言えば、そのような暴力的な行動や事故など、誰かが傷つく事がない世界であればすべての人が幸せに感じるでしょう。 でもそれは酷く難しく、実現不可能です。 それこそデスノートのキラのように「恐怖で支配」しない限り無理です。 逆に「恐怖で支配」される側は必ず「敵意」を持ちます。 しかし、主人公である早季達が 幼少期の舞台では「歪さ」はまだ「歪さ」のままです。 ここで「歪さ」を知るきっかけになるのがミノシロモドキの存在であり、最後に効いてくる 「瞬の疑問」であります。 また重要な存在である化けネズミ達の存在も歪ではあるものの、劇中の設定の一つであると解釈しているうちは自然な存在です。 その抗争に巻き込まれる事自体はファンタジー要素の一つであると感じました。 幼少期に冒険したい欲求のような感覚です。 しかし、中学時代に入る事で 物語が徐々に加速します。 世界の歪さも読者にとっては加速する事だと思います。 性的な価値観の描写なども、一般倫理的には見ていられない人もいるかもしれません。 しかし、そういった生殖行動や性的思考までもが「仕組み」によって管理されている感覚がじわじわと感じられます。 そして 瞬の一件です。 ここはネタバレしてしまうと勿体ないので、気をつけて書きますが悲劇としか言いようが無く、また作中で何度か言葉出ていた「業魔」について知る事になります。 正式名称が中々いい感じに設定されていて、個人的には貴志さんのセンスが好きです。 その後、真理亜と守の件もあり、このあたりから 世界の「歪さ」が露呈してきていると思います。 なぜ「呪力」を持ちえている人類の生き残りがこれほど異常なまでに平和に暮らしているか、という点です。 どうあがいてもそんな綺麗な世界は存在せず「闇」が存在する事を示唆します。 守がとった行動は、本当の危機を察知しての事なのか、それとも不安障害を抱える人間としての行動か不明です。 個人的には、それに寄り添う真理亜の存在が大きかったと思います。 残念なのは、バケネズミの存在と歴史の問題です。 ここからは、同時にバケネズミの存在についても直視しなければいけません。 ラストまでは 「悪鬼」にまつわる展開です。 大人たちのしてきた事、それまでの歴史、そして「呪力」をコントロールするがゆえの弱者と差別、悪意。 様々なものと「死」が入り乱れています。 多くの犠牲によって真実が暴かれる格好になりますが、オチについては何となく分かっていました。 分かっていても「セリフ」にされると痺れるのが 良い物語の長所だと思います。 世界の「歪さ」を感じつつ、読み進めるとその真実が理解出来ました。 なんというか、考えさせられる事も多かったです。 ラストの早季の行動は、「救いの手」でありやっている事自体はアレなのですが早季の優しさに対して温かさを感じました。 スポンサーリンク 総括 この作品から「絶対的な平和」を手に入れるためには「徹底した管理」が必要であり、それが仇となってしまう事もあるという事です。 また、バケネズミの一件に関しても「生き物」というくくりで「人間」だけを都合よく抽出して他の生物を徹底して管理します。 それまでの歴史の真実を知った後であれば、争いによる結果の産物であることも理解できますが、結果的に「歪つ」な世界になっていると思います。 特に、「業魔」と「悪鬼」を恐れるがゆえに起きた悲劇であると思います。 「愧死機構」が決定的な仇になっています。 ここら辺、現実世界でも「サイコパス」の存在を事前に把握してリスクを消す事が出来れば解決する問題も多い気がしますが、この作品での顛末を見ると難しい問題です。 また、核問題のように人間が制御しきれるものとそうでないものもあったりします。 ですが個人的には「歪なほど美しい」と感じてしまう事が多いので今でもすごく覚えている作品です。 最後は早季の優しさを感じる事が出来たので良い終わり方だったと思います。

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