空母いぶきネタバレ。 「ここまで酷いとは・・」空母いぶき ゆっきーさんの映画レビュー(ネタバレ)

空母いぶき

空母いぶきネタバレ

もくじ• 空母いぶき最終回103話のあらすじ (注:ネタバレあり・画バレなし) 甲板にて向き合う激闘を終えた両艦長 「広東」の甲板に降り立つ秋月艦長。 秋津に降り立った意図を問う劉艦長であったのです。 撃沈か着艦制動装置の破壊への指示か問う劉艦長に対して、秋津はこう答えるのでした。 隊の最終目標は、 「撃沈にあらず。 」 更に対話を交わす2人であったが、与那国・石垣両民間空港への緊急着陸の提案は、日本政府や自衛隊上層部からの命令ではなく、戦争現場からの柔軟な発想であり、秋津艦長の提案ではないかと推測する劉艦長であったのです。 思いは共有する2人 劉艦長の問いに、静かに語りだす秋津艦長。 中国の広大な国土と民族への畏怖と敬意を口にし、だがそんな国土を代表する人民解放軍が守ろうとしていたのは、人民でもなく国土でもなく、党であったと確信する秋津艦長であったが、その党と軍にとっては屈辱でしかない提案を最後に受け入れたのは、そう誰でもない劉艦長であったのです。 劉艦長が守ろうとしたのは最後に党でもなく搭乗員を、 「つまり、国民を守ろうとした」のでありました。 もし仮にこの侵攻作戦で残った戦闘機を失っていれば、もはや後には退けぬ、戦争に拡大するしか方法はなかったのでありました。 劉艦長は。 両国の戦争を最後で回避の道を選びました。 2 人の向き合う艦長の戦争への道を回避した思いは同じであったのです。 戦闘の終結 「広東」艦内のスパロウ隊、池谷隊長、清水隊員を見舞う秋津艦長。 戦闘終結という大戦果をねぎらい、中国人パイロットとの交換交渉を待つように伝えるのでした。 そして、またお互いのルーツを語り合う秋津艦長と劉艦長であったのでしたが、秋津は1989年のベルリンの壁の崩壊、劉は同年の天安門事件。 同じ年、2人の少年が目にしたのは、 東西冷戦の終結と共に、時代を動かした人の力でもあったのです。 東京都心周辺では、深夜を回っても、戦闘終結に沸き返る群衆。 多良間・与那国両島の島民の解放の報告を受けて、湧き上がる首相官邸。 与那国島比川地区では、約2週間の軟禁状態を耐え、1人の傷病者も出さずに解放を喜ぶ島民と陸上自衛隊。 ついには、尖閣諸島から撤退撤収する中国軍でありました。 終わりの始まり、政治のテーブルへ 尖閣からの中国軍撤退に沸き返る日本国民でしたが、新たな交渉への始まりでもありました。 中国機の処遇をめぐり、対応に追われる垂水総理大臣でしたが、交渉は簡単ではなく、中国だけではなく、アメリカやロシアなどの大国を相手にしての難しい交渉が予想されるのでした。 そんな中、戦闘責任をマスコミに問われる垂水宗次大臣であったが、垂水は国土防衛のための「防衛出動」であり、戦闘は避けられぬものであったと説明するのでありました。 垂水総理大臣は、今後の難しい交渉を予感しつつも、国民に対して宣言するのでした。 「私はこの戦闘で死傷した人々と、共に在ることを。 」 「いぶき」甲板で秋津の行動の真意を推測する湧井群司令と新波副長であったが、おそらく行動の真意は、パイロットの見舞いのみならず今後も同じ海域で相対するであろう中国海軍を肌で感じるためのものでなかったかと予想した。 ならびにこれから徹底的な検証が必要であると感じるのでありました。 明日の日本の防衛のために。 いよいよラストシーン。 与那国島で偶然はち合ってしまう自衛隊員と中国軍人。 それぞれ停戦の意を表し、それぞれの国の言葉でこう交わすのでありました。 「お疲れさん…」 空母いぶき最終回103話の感想・考察 ついに両雄から本音が語られる。 いよいよ最終話ということで、向き合う秋津艦長と劉艦長でしたが、これまで激しい戦闘を繰り広げてきた両雄が、実は最終最後で回避しようと考えていた終わりなき戦争への拒否。 そんな2人に共通するのは、ベルリンの壁の崩壊と天安門事件を生で目撃した少年たちが目撃した人間たちの力でした。 2人の信念のようなものと平和への思いのようなものも感じられて非常に良い最終話と感じました。 2人の意思を疎通するように、総理官邸や尖閣諸島の現場も無事、戦闘の終結へと向かい、最後の場面の両国の自衛隊員と人民解放軍兵士のやり取りに凝縮されたような気がします。 今号で発表されていましたが、次号から新編が続くということもあり、毎回かわぐち先生の作品にはいつも考えさせられるものがあり、次号からの新編にも期待したいと思っております。 かわぐち先生の体調不良も心配ですが、作品が末永く続いていくことを祈って、感想を締めくくりたいと思います。 長くお付き合いいただき、ありがとうございました。 関連記事:.

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映画「空母いぶき」ネタバレと感想/戦うのか護るのか、領土が占領された

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もくじ• 空母いぶき最終回103話のあらすじ (注:ネタバレあり・画バレなし) 甲板にて向き合う激闘を終えた両艦長 「広東」の甲板に降り立つ秋月艦長。 秋津に降り立った意図を問う劉艦長であったのです。 撃沈か着艦制動装置の破壊への指示か問う劉艦長に対して、秋津はこう答えるのでした。 隊の最終目標は、 「撃沈にあらず。 」 更に対話を交わす2人であったが、与那国・石垣両民間空港への緊急着陸の提案は、日本政府や自衛隊上層部からの命令ではなく、戦争現場からの柔軟な発想であり、秋津艦長の提案ではないかと推測する劉艦長であったのです。 思いは共有する2人 劉艦長の問いに、静かに語りだす秋津艦長。 中国の広大な国土と民族への畏怖と敬意を口にし、だがそんな国土を代表する人民解放軍が守ろうとしていたのは、人民でもなく国土でもなく、党であったと確信する秋津艦長であったが、その党と軍にとっては屈辱でしかない提案を最後に受け入れたのは、そう誰でもない劉艦長であったのです。 劉艦長が守ろうとしたのは最後に党でもなく搭乗員を、 「つまり、国民を守ろうとした」のでありました。 もし仮にこの侵攻作戦で残った戦闘機を失っていれば、もはや後には退けぬ、戦争に拡大するしか方法はなかったのでありました。 劉艦長は。 両国の戦争を最後で回避の道を選びました。 2 人の向き合う艦長の戦争への道を回避した思いは同じであったのです。 戦闘の終結 「広東」艦内のスパロウ隊、池谷隊長、清水隊員を見舞う秋津艦長。 戦闘終結という大戦果をねぎらい、中国人パイロットとの交換交渉を待つように伝えるのでした。 そして、またお互いのルーツを語り合う秋津艦長と劉艦長であったのでしたが、秋津は1989年のベルリンの壁の崩壊、劉は同年の天安門事件。 同じ年、2人の少年が目にしたのは、 東西冷戦の終結と共に、時代を動かした人の力でもあったのです。 東京都心周辺では、深夜を回っても、戦闘終結に沸き返る群衆。 多良間・与那国両島の島民の解放の報告を受けて、湧き上がる首相官邸。 与那国島比川地区では、約2週間の軟禁状態を耐え、1人の傷病者も出さずに解放を喜ぶ島民と陸上自衛隊。 ついには、尖閣諸島から撤退撤収する中国軍でありました。 終わりの始まり、政治のテーブルへ 尖閣からの中国軍撤退に沸き返る日本国民でしたが、新たな交渉への始まりでもありました。 中国機の処遇をめぐり、対応に追われる垂水総理大臣でしたが、交渉は簡単ではなく、中国だけではなく、アメリカやロシアなどの大国を相手にしての難しい交渉が予想されるのでした。 そんな中、戦闘責任をマスコミに問われる垂水宗次大臣であったが、垂水は国土防衛のための「防衛出動」であり、戦闘は避けられぬものであったと説明するのでありました。 垂水総理大臣は、今後の難しい交渉を予感しつつも、国民に対して宣言するのでした。 「私はこの戦闘で死傷した人々と、共に在ることを。 」 「いぶき」甲板で秋津の行動の真意を推測する湧井群司令と新波副長であったが、おそらく行動の真意は、パイロットの見舞いのみならず今後も同じ海域で相対するであろう中国海軍を肌で感じるためのものでなかったかと予想した。 ならびにこれから徹底的な検証が必要であると感じるのでありました。 明日の日本の防衛のために。 いよいよラストシーン。 与那国島で偶然はち合ってしまう自衛隊員と中国軍人。 それぞれ停戦の意を表し、それぞれの国の言葉でこう交わすのでありました。 「お疲れさん…」 空母いぶき最終回103話の感想・考察 ついに両雄から本音が語られる。 いよいよ最終話ということで、向き合う秋津艦長と劉艦長でしたが、これまで激しい戦闘を繰り広げてきた両雄が、実は最終最後で回避しようと考えていた終わりなき戦争への拒否。 そんな2人に共通するのは、ベルリンの壁の崩壊と天安門事件を生で目撃した少年たちが目撃した人間たちの力でした。 2人の信念のようなものと平和への思いのようなものも感じられて非常に良い最終話と感じました。 2人の意思を疎通するように、総理官邸や尖閣諸島の現場も無事、戦闘の終結へと向かい、最後の場面の両国の自衛隊員と人民解放軍兵士のやり取りに凝縮されたような気がします。 今号で発表されていましたが、次号から新編が続くということもあり、毎回かわぐち先生の作品にはいつも考えさせられるものがあり、次号からの新編にも期待したいと思っております。 かわぐち先生の体調不良も心配ですが、作品が末永く続いていくことを祈って、感想を締めくくりたいと思います。 長くお付き合いいただき、ありがとうございました。 関連記事:.

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空母いぶきのネタバレや結末は?あらすじ、読んでみた感想もあり!

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映画『空母いぶき』 どうも、管理人のタイプ・あ~るです。 現在、全国の劇場で公開中の映画『空母いぶき』は、氏の人気漫画を実写化した作品で、公開前から(色んな意味で)話題になっていました。 事の発端は、本作で総理大臣役を演じたさんの「ある発言」(詳細は省きますが)で、これに対し某有名小説家がで激怒するなど、かなりの騒ぎになったのです。 実際に映画が公開されると初登場でランキング2位、は2日で3億3000万円という好成績を記録したものの、評価の方は賛否両論…というか明らかに批判的な意見が多数見受けられました。 では、本当に実写映画『空母いぶき』は駄作なのか?なぜこんなに批判されているのか?などについて、本日は具体的に検証してみたいと思います(なお、僕は原作を全部読んでいます)。 最大の問題は、やはり 「原作を大きく改変している」という点でしょう。 これは人気漫画を実写化する際には必ず取り沙汰される問題ですけど、個人的には 改変自体が悪いことだとは思わないんですよね。 大ヒットしている人気漫画ともなれば長期に渡って連載している場合が多く、そのままでは長すぎて映画化できないからストーリーを圧縮するために色んな部分を改変せざるを得ない…という事情は理解できますから。 ただ、その際は「どこをどんな風に改変するか?」が大事だと思うんですよ。 それぞれの原作によって 「変えちゃいけないポイント」みたいなものが絶対にあるはずなので。 そういうことを考えながら実写版『空母いぶき』を観てみたんですけど……原作はと中国軍が戦う話なのに、「東亜連邦」という架空の国に変わってました(泣)。 う~ん…、「変えなきゃ色々と面倒なことになる」というのは分かるんですが、『空母いぶき』を描く上において、ここは 「最も変えちゃダメな部分」じゃないのかなあ?と。 ただ、これに関しては悪くなかったですよ。 特に本田翼さん演じる女性記者(本多裕子)は、たまたまを取材するために乗った空母いぶきで初めて他国との戦闘を体験し、その衝撃を「ネットを通じて発信することで世界に影響を与える」という重要な役柄を演じていたり。 しかも原作では、新聞社の男性記者が沖縄まで出向き、最前線の写真を撮って公表することで世間に影響を与える…という展開だったのに対し、制作側が「男ばかりで画面に華が無い」と判断したのか、映画版では美人な本田翼さんになっていて良かったです(笑)。 映画『空母いぶき』 その反面、さん演じるコンビニ店の店長は物語への関連度が薄いせいでほぼサブエピソードのように見えてしまい、上手く機能しているとは思えませんでした(観客からも「あのシーン、いらねえだろ!」と批判が殺到した模様)。 まあ、激しい戦闘の直後にゆる~いコンビニ店の様子をぶっ込まれたらギャップに戸惑うのも無理ないと思いますが、あのシーンは「このような平和な暮らしの裏ではギリギリの攻防が繰り広げられていた」ということを現す場面なので、必要っちゃ必要なんですよね。 さらに、有事が報道されると大勢の人が一斉にコンビニに押し寄せ、商品を買い漁って店の棚が空っぽになる…という描写を入れることで、「現実に戦争が起こればこうなるかもよ」と示唆しているわけです(原作にも同様のシーンがある)。 なので少しでも関連を持たせるために、例えば「いぶき」に乗船しているの一人が実は店長の身内だったとか、ベタでもいいからそういう設定で相互にドラマを繋げればもうちょっと観客の共感を得られたのではないか?と思うんですけどねえ。 そして、この艦長が敵の撃ってきた主砲をかわすために 「バックや!」と叫ぶシーンも、「いくらスクリューを逆回転させたところで、あんな大きな船が急にバックできるはずがない!」と批判されていましたが、残念ながらこれも原作通りです(笑)。 と言えば、 監督と組んで『』シリーズや劇場版『』や『』など、数々の名作アニメを手掛けたベテラン脚本家です。 特に『』は、「現職の員がクーデターを企てる」というロボットアニメとは思えないほどハードなポリティカル・フィクションを臨場感たっぷりに描き出し、多くのアニメマニアから絶賛されました。 まあ、世間ではあまり評判の良くない『』や『』も僕は割と好きなんですよ。 個人的には「中国軍とが戦うという設定を変えたこと」と、もう一つはラストで各国の潜水艦が登場するシーンが気になりました。 無難な決着の付け方で、悪くはないんだけれど今いちに欠けるというか、モヤッとする終わり方なんですよね。 原作がまだ完結していないので、独自のラストを考えなきゃいけない難しさはあったと思うんですが…。 ただ、過去から現在に至るまで 「が(架空とはいえ)他の国の軍とガチで戦う映画」はほとんど存在しないので、そういう意味では価値があるんじゃないかと思いました。 ツッコミどころは多いですけど(笑)。

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