穴 八幡宮 ご利益。 八幡宮

八幡さま(誉田別命)|ご利益と神社

穴 八幡宮 ご利益

、より徒歩5分ほどの場所にその神社「穴」はあります。 神社の創建は1062年、()が奥州での戦いから戻る途中に、兜と太刀を納めたことに始まります。 そののち、江戸時代に境内の工事をしていたところ、掘った穴から金銅の像が見つかったので、以来神社は「穴」と呼ばれるようになりました。 そして、元禄のころと言われていますが、この神社がから節分までの間に頒布するお守り「」をお祀りすると「金銀融通にご利益がある」(金まわりが良くなる)といわれるようになり、多くの参拝者が訪れるようになりました。 私がそのご利益を知ったきっかけは「をお祀りして以来、事務所の経費の支払に困ることがない。 まとまったお金が入ってくる訳でもないのだが、不思議なことに乗り切れてしまう」という、あるブログの記事を読んだことでした。 以来、穴八幡へお参りしお守りをいただき続けて15年、確かに「大儲けをするわけではないが、金回りが良くなった」という実感があります。 数年前から一緒にお参りに出かける義父母も同じことを言っているので、お参りを続けてきたお蔭だろうか と思っています。 さて「信じるも信じないもあなた次第」といったところなんですが、興味の湧いた方はお参りしてみてはいかがでしょうか。 なお、お守りは節分までの頒布となっていますので期限に間に合うようお出かけください。 また、こちらのサイトではの意味などが詳しく説明されていますので、一読されてからお出かけをすると良いと思いますよ。 あと、頂いたお守りをお祀りするには、ちょっとしたルールがあるのですが、お守りと一緒に受け取るこの紙を読めば難しくはないかと。 要は、お守りの向きに気をつけることと、定刻を寝過ごさないようにすることです。 ちなみに穴のお隣の放生寺では「一陽来福」と称してお守りの頒布を行っています。 こちらは「来復」ではなくて「来福」なんですね。 両方のお守りを持つと、さらに良いとか。

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早稲田 穴八幡宮|金銀融通の御利益のある「一陽来復の御守」

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流鏑馬奉納(戸山公園 2010. 11) 社伝によれば、(康平5年)、が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、を祀ったという。 (寛永13年)、ここに的場が造られ、この八幡宮を守護神とした。 (寛永18年)、宮守の庵を造るため、社僧良晶が南側の山裾を切り開いていると横穴が見つかり、中から金銅の御神像が現れた。 掘った人は「芽出度い」と大喜びし、以来、「穴八幡宮」と称するようになった。 3代将軍は、この話を聞いて穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。 歴代将軍がたびたび参拝し、8代将軍は、(享保13年)に世嗣の平癒祈願のためを奉納した。 流鏑馬はその後も世嗣誕生の際や厄除け祈願として奉納され、穴八幡宮に伝わる「流鏑馬絵巻」には(元文3年)に奉納された竹千代(後の10代将軍)誕生祝の流鏑馬が描かれている。 江戸の庶民からも信仰を集め、特に蟲封じの祈祷は有名だった。 (明治12年)には皇太子(後の)の御蟲封祈祷も行っている。 (昭和20年)の東京大空襲で、建物の多くを焼失。 (昭和36年)、御鎮座900年事業として本殿再建工事を開始。 (平成元年)、引き続き幣殿、拝殿工事を行う。 (平成10年)、隨神門を室町時代の様式で再建す、なお境内全域を古書を基に未だ再建途中。 またの「」 のお守りでも知られる。 お守りを受け取れる期間は毎年冬至の日から翌年の日までであり、冬至の日は特別に午前5時から受け取る事ができる。 なお、現在同神社は旧のとと隣接しており、、、が街の一角で共存している状態が続いている。 五木寛之の著作には、入学したばかりの五木が、穴八幡の床下で寝ていて追い出された、という記述がある。 文化財 [ ]• 像の水鉢 - 新宿区指定有形文化財(工芸品) (慶安2年)造立、区内最古の水鉢。 に置かれていたが、徳川家光により奉納されたという。 高田馬場の流鏑馬 - 新宿区指定無形民俗文化財 8代将軍徳川吉宗が奉納したのがはじまり。 明治維新後、長く中断されていたが(昭和9年)に皇太子()誕生の際に再興。 戦後は(昭和54年)から毎年に都立を会場として行われている。 一帯は前方後円墳である。 氏子地域 [ ].

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【八幡、稲荷、天神、天満宮】の違いは神様とご利益にある

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このページの目次• 【八幡、稲荷、天神、天満宮】の違い 「八百万(やおよろず)の神様」と言う言葉があらわすように、日本には数え切れないほどの神様がおられ、それらの神様がおまつりされているのが神社です。 そして、お寺に真言宗や日蓮宗などの宗派があるように、 神社にもおまつりされている神様によって数多くの系列があるのです。 その数ある 系列の一部が「八幡」「稲荷」「天神」「天満宮」なのです。 (「天神」の別名が「天満宮」なので、「天神」=「天満宮」です) また日本の神様にはそれぞれ得意技があり、神様によってご利益(ご神徳)に違いがあります。 「八幡」「稲荷」「天神=天満宮」の神様にも、もちろん得意技があります。 また、日本各地にある「八幡」「稲荷」「天神=天満宮」がつく神社は、お店で言うところの「支店」で、「支店」があればもちろん「本店」もあります。 以下に、「八幡」「稲荷」「天神=天満宮」それぞれの神様の特徴とご利益(ご神徳)、そして「本店」にあたる神社と代表的な「支店」の神社をご紹介します。 【八幡】の神様とご利益 ご祭神名 応神天皇 (第十五代天皇) 神様の特徴 勝負の神様 ご利益 勝負運・金運 【八幡】と付く神社におまつりされている神様は第十五代応神天皇。 様々な系列の神社がある中で【八幡】と付く神社は日本で二番目に多いとされています。 神様である応神天皇は実在したとされる最初の天皇で、本名の誉田別命(ほんだわけのみこと)が、ご神名にもなっています。 源頼家(1182-1204)が、出陣のときに京都の岩清水八幡宮に必勝祈願をしたところ、戦に勝利をおさめたことから武士たちから崇められるようになりました。 勝負運のご利益があることから、受験、就職、結婚など一生に一度の真剣なお願いをする人たちが多くお参りするのが【八幡】と付く神社の特徴です。 しかし日本で様々な産業が発展する中で、農業だけでなく産業振興・商売繁盛の神様として商売人や経営者からの信仰を集めるようになりました。 ちなみに【稲荷】と付く神社は大小合わせて3万社以上もあると言われており、数ある神社の系列の中でも最大規模を誇っています。 また「本店」に当たる京都の伏見稲荷は、外国人が選ぶ日本の人気観光スポットの中で人気ナンバーワンに輝いています。 また役人としてだけでなく学者や政治家としてもその際立った能力を発揮し、詩人としての才能も傑出している多才な人でした。 そのため、菅原道真公は学問・芸術の神様として崇められ、菅原道真公をおまつりしている神社は、天神さまとして今もなお人々の信仰を集めているのです。 なお、【天神=天満宮】と付く神社の境内には菅原道真公にゆかりの深い牛の銅像が置かれています。 この牛の頭を撫でると頭が良くなると言われています。 「八幡」「稲荷」「天神」「天満宮」それぞれの違いは神社の系列の違い。 ただし「天神」と「天満宮」は別名なだけで同じ系列です。

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