有本ツイッター。 百田尚樹VS維新・足立康史の醜すぎるツイッターバトル! さんざん持ち上げてきた大阪都構想をつぶすと言い出す百田の無節操(2019年7月5日)|BIGLOBEニュース

百田尚樹、足立議員との喧嘩&暴言で謹慎宣言→すぐ復活…過去の過激発言は「全部芸」

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来歴 生まれ だが、小学校に上がる前からの(現在の戸田)で育った。 、1987年3月、東京外国語大学 インド・パーキスターン語学科・ヒンディー語専攻 卒業。 旅行雑誌の編集長を10年、上場企業の広報担当を3年経験した のち独立し、編集プロダクションを設立。 編集・企画プロダクションを経営する傍ら、チベット問題、中国、インドの社会問題、国際関係、日本国内の政治等のテーマを中心に取材し執筆活動を行っている。 2011年12月19日から2012年3月21日まで、海洋政策懇談会 及び航空政策懇談会 の委員を担当。 2012年10月17日、死因究明等推進会議の委員に就任。 出演番組 現在 テレビ レギュラー• () - 2015年7月3日 - 不定期• () - 2018年4月8日、4月22日、5月13日、6月3日、10日、17日、7月22日• (フジテレビ) - 2016年11月11日、2016年12月9日、2016年12月23日、2017年1月13日、2月3日、3月3日、4月7日• () - 2017年6月17日、2018年7月7日、21日• (関西テレビ)- 2018年6月23日• (DHCシアター) - 2016年10月7日、2017年1月20日、2018年1月15日• 放言BARリークス〜酒と政治とおカネと女〜(DHCテレビ) - 2017年1月21日、28日、6月17日、2018年6月18日、25日 ラジオ レギュラー• () - 2018年4月3日 - 不定期• () - 2014年5月1日、12月4日(電話出演)• 桂春蝶のバタフライエフェクト() - 2014年8月5日、12月9日• () - 2016年1月8、15、22、29日(ぴたっとーく)• () - 2017年5月25日(電話出演) インターネット映像配信• () - 2017年7月29日、8月5日、2018年3月31日• (AbemaNews) - 2017年9月12日、10月9日、11月7日 過去出演番組 テレビ• () - 2012年10月9日 - 2015年3月24日• () - 2010年5月3日 VTR出演 、2013年9月9日、2017年1月29日、4月23日、6月18日• () - 2014年7月12日、8月30日、10月25日、12月20日、2015年1月17日、1月24日、3月7日、3月14日、3月28日、4月25日• () - 2015年7月5日• (読売テレビ) - 2015年10月14日、2016年2月25日• (フジテレビ) - 2015年11月11日 VTR出演 インターネット映像配信• 未来のミカタ() - 2015年10月1日- 2016年4月15日 ラジオ• () - 2016年8月2日 - 2018年3月29日 、2014年3月26日、5月7日、5月29日、8月14日 、8月27日、10月29日、12月3日、2015年2月18日、3月11日、6月10日、7月29日 著書 単著• 『中国茶 香りの万華鏡』、2003年3月1日。 『シンガポール美的亜細亜食堂(ダイニング)』小学館、2005年6月1日。 『中国はチベットからパンダを盗んだ』、2008年9月19日。 『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』、2009年1月30日。 『中国の「日本買収」計画』、2011年3月22日。 『「小池劇場」が日本を滅ぼす』、2017年6月9日。 『「小池劇場」の真実』幻冬舎、2017年11月15日。 『バブル崩壊で死ぬか、インフレで死ぬか』ワック、2010年9月1日。 『はじめての支那論 - 中華思想の正体と日本の覚悟』、2011年7月27日。 石平『リベラルの中国認識が日本を滅ぼす 日中関係とプロパガンダ』、2015年10月30日。 『「日本国紀」の副読本 学校が教えない日本史』 産経新聞出版、2018年12月28日。 百田尚樹 『「日本国紀」の天皇論』 産経新聞出版、2019年10月15日。 情報国際関係省『中国歴史偽造帝国 — チベットから60の反証』 、2010年5月。 - 脚注 注釈.

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拉致問題で百田尚樹氏が「売国奴」と非難した政治家の名(デイリー新潮)

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北朝鮮による拉致被害者家族の横田滋さんの訃報は、改めて日本人にこの犯罪のむごさを知らしめる機会となった。 関連して、作家の百田尚樹氏はツイッター上で、自身について「(拉致問題について)何もしていないクズです」と述べながらも一方で、この問題を無視し続けてきた政治家やメディアを痛烈に批判。 恒例のことであるが一連のツイートはすでにネットニュースにもなっている。 「何もしていない」と言いながらも、百田氏のこの問題についての関心は強く、関連のツイートが大炎上した過去を持つ。 2014年9月、亡くなった土井たか子元社民党党首を「売国奴」と評したツイートが問題視されたのだ。 あえて死者に対して厳しいコメントをした真意は何か。 著書『大放言』では、その発信に至ったプロセスを丁寧に書いてあるので、引用してみよう。 元社民党党首の土井たか子氏が亡くなったというニュースを見たときに書いたものだ。 この言葉はまずツイッターとネット上で大炎上した。 「許せない暴言」 「死者に対する冒涜」 「デリカシーのかけらもない言葉」 などなど。 私はまさに人非人か極悪人のように罵倒された。 この本の読者の中にも、百田尚樹が死者に対してひどい言葉を投げつけたというネット情報を目にした方がおられるかもしれない。 たしかにその通りなのだが、彼女を売国奴と言ったのにはもちろん理由がある。 私の言い分を書く前に、ツイートの全文を記す。 「土井たかこ(原文ママ)が死んだらしい。 彼女は拉致などない! と断言したばかりか、拉致被害者の家族の情報を北朝鮮に流した疑惑もある。 まさしく売国奴だった」 土井たか子氏は社会党の委員長を5年、社民党の党首を7年務めた。 左翼系の新聞やメディアには非常に人気が高かった。 というよりも、そうしたメディアによって作られた人気と言えた。 北朝鮮による日本人拉致疑惑が言われだしていた1980年代後半、土井氏は「北朝鮮の拉致などない」と何度も発言していたし、党の公式ホームページにおいても「(北朝鮮の)拉致は創作された事件」と主張する論文を書いていた。 つまり彼女は拉致された日本人を救おうとはせず、それどころか党を挙げて北朝鮮を擁護し続けていたのだ。 それだけでも売国奴と呼ぶにふさわしいが、土井氏にはもうひとつ重大な疑惑がある。 ヨーロッパで拉致された石岡亨さんが、決死の思いで家族に当てた手紙が、1988年9月、ポーランド経由で日本に届いた。 これは奇跡のような出来事である。 もし手紙を書いたことが当局に漏れれば命は危ない。 その手紙を日本まで届けた人物たちも同様である。 しかし手紙は彼のために命を懸けた者たちの手によって、日本にわたってきた。 手紙は同じく北朝鮮に拉致された有本恵子さんのご両親のもとに届けられた。 実は有本恵子さんは北朝鮮で石岡さんと結婚してこどももいた。 有本さんのご両親は外務省に娘の救助を要請するが、当時は政府自民党も北朝鮮の拉致を公式には認めていなかったため、相手にされなかった。 この頃の自民党の姿勢も万死に値すると思う。 外務省に無視された有本さんご夫婦は藁をもすがる思いで、当時、北朝鮮にパイプがあると言われていた社会党にお願いしようと、同じ九月に国会のエレベーターの前で土井氏をつかまえ、彼女に手紙の存在を伝え、娘が北朝鮮に拉致されていることを訴えた。 しかし土井氏はまったく相手にしなかった。 「拉致などない!」と断言していた彼女のことだから、これは当然の対応ではあるが、驚くべきことが後に明らかになる。 14年後の2002年、小泉首相と安倍官房副長官が北朝鮮にわたり、金正日主席に拉致を認めさせた。 このとき拉致被害者たちの多くの消息が知らされたが、そこには意外な事実があった。 なんと、石岡亨さんと有本恵子さんは1988年11月にガス中毒でこどもと一緒にすでに死亡していたというのだ。 1988年11月と言えば、有本さんが土井氏に手紙のことを伝えたわずか2カ月後である。 こんな偶然があるだろうか。 しかも北朝鮮は「遺体は洪水で流失した」と報告した。 当然、本当の死因もわからない。 土井氏が手紙の存在を北朝鮮に漏らしたことで、石岡さんと有本さんは粛清された可能性がある。 もちろん確証はない。 だからツイートでは「疑惑」という言葉を使った。 そのツイートをした翌月の9日、社民党の又市征治幹事長が記者会見で私を非難した。 私の発言が「党をおとしめる誹謗中傷」であるとし、「NHKの経営委員として不適格だ」と述べて、辞任を要求した。 早速、朝日新聞をはじめ毎日新聞や東京新聞が喜んで記事にしたが、私はこの報道を受けて、ツイッターで又市幹事長に対してこう書いた。 「記者会見とかで言わずに、国会に呼べよ!」 もし国会に呼ばれたら、又市幹事長と真っ向からやり合うつもりだった。

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桜ういろうログ: 【有本香・百田尚樹】靖国問題巡り橋下徹氏に論破される

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北朝鮮による拉致被害者家族の横田滋さんの訃報は、改めて日本人にこの犯罪のむごさを知らしめる機会となった。 関連して、作家の百田尚樹氏はツイッター上で、自身について「(拉致問題について)何もしていないクズです」と述べながらも一方で、この問題を無視し続けてきた政治家やメディアを痛烈に批判。 恒例のことであるが一連のツイートはすでにネットニュースにもなっている。 「何もしていない」と言いながらも、百田氏のこの問題についての関心は強く、関連のツイートが大炎上した過去を持つ。 2014年9月、亡くなった土井たか子元社民党党首を「売国奴」と評したツイートが問題視されたのだ。 あえて死者に対して厳しいコメントをした真意は何か。 著書『大放言』では、その発信に至ったプロセスを丁寧に書いてあるので、引用してみよう。 元社民党党首の土井たか子氏が亡くなったというニュースを見たときに書いたものだ。 この言葉はまずツイッターとネット上で大炎上した。 「許せない暴言」 「死者に対する冒涜」 「デリカシーのかけらもない言葉」 などなど。 私はまさに人非人か極悪人のように罵倒された。 この本の読者の中にも、百田尚樹が死者に対してひどい言葉を投げつけたというネット情報を目にした方がおられるかもしれない。 たしかにその通りなのだが、彼女を売国奴と言ったのにはもちろん理由がある。 私の言い分を書く前に、ツイートの全文を記す。 「土井たかこ(原文ママ)が死んだらしい。 彼女は拉致などない! と断言したばかりか、拉致被害者の家族の情報を北朝鮮に流した疑惑もある。 まさしく売国奴だった」 土井たか子氏は社会党の委員長を5年、社民党の党首を7年務めた。 左翼系の新聞やメディアには非常に人気が高かった。 というよりも、そうしたメディアによって作られた人気と言えた。 北朝鮮による日本人拉致疑惑が言われだしていた1980年代後半、土井氏は「北朝鮮の拉致などない」と何度も発言していたし、党の公式ホームページにおいても「(北朝鮮の)拉致は創作された事件」と主張する論文を書いていた。 つまり彼女は拉致された日本人を救おうとはせず、それどころか党を挙げて北朝鮮を擁護し続けていたのだ。 それだけでも売国奴と呼ぶにふさわしいが、土井氏にはもうひとつ重大な疑惑がある。 ヨーロッパで拉致された石岡亨さんが、決死の思いで家族に当てた手紙が、1988年9月、ポーランド経由で日本に届いた。 これは奇跡のような出来事である。 もし手紙を書いたことが当局に漏れれば命は危ない。 その手紙を日本まで届けた人物たちも同様である。 しかし手紙は彼のために命を懸けた者たちの手によって、日本にわたってきた。 手紙は同じく北朝鮮に拉致された有本恵子さんのご両親のもとに届けられた。 実は有本恵子さんは北朝鮮で石岡さんと結婚してこどももいた。 有本さんのご両親は外務省に娘の救助を要請するが、当時は政府自民党も北朝鮮の拉致を公式には認めていなかったため、相手にされなかった。 この頃の自民党の姿勢も万死に値すると思う。 外務省に無視された有本さんご夫婦は藁をもすがる思いで、当時、北朝鮮にパイプがあると言われていた社会党にお願いしようと、同じ九月に国会のエレベーターの前で土井氏をつかまえ、彼女に手紙の存在を伝え、娘が北朝鮮に拉致されていることを訴えた。 しかし土井氏はまったく相手にしなかった。 「拉致などない!」と断言していた彼女のことだから、これは当然の対応ではあるが、驚くべきことが後に明らかになる。 14年後の2002年、小泉首相と安倍官房副長官が北朝鮮にわたり、金正日主席に拉致を認めさせた。 このとき拉致被害者たちの多くの消息が知らされたが、そこには意外な事実があった。 なんと、石岡亨さんと有本恵子さんは1988年11月にガス中毒でこどもと一緒にすでに死亡していたというのだ。 1988年11月と言えば、有本さんが土井氏に手紙のことを伝えたわずか2カ月後である。 こんな偶然があるだろうか。 しかも北朝鮮は「遺体は洪水で流失した」と報告した。 当然、本当の死因もわからない。 土井氏が手紙の存在を北朝鮮に漏らしたことで、石岡さんと有本さんは粛清された可能性がある。 もちろん確証はない。 だからツイートでは「疑惑」という言葉を使った。 そのツイートをした翌月の9日、社民党の又市征治幹事長が記者会見で私を非難した。 私の発言が「党をおとしめる誹謗中傷」であるとし、「NHKの経営委員として不適格だ」と述べて、辞任を要求した。 早速、朝日新聞をはじめ毎日新聞や東京新聞が喜んで記事にしたが、私はこの報道を受けて、ツイッターで又市幹事長に対してこう書いた。 「記者会見とかで言わずに、国会に呼べよ!」 もし国会に呼ばれたら、又市幹事長と真っ向からやり合うつもりだった。

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