ピッケル。 冬山で大活躍!おすすめのピッケル厳選8モデル【メーカー別】|YAMA HACK

ピッケルの基礎知識(名称・種類・素材)と選び方

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出典:PIXTA ピッケルは雪山を歩きやすく、また、不測の事態が起きた時に唯一頼りになる道具。 ピッケルの特質を活かすためには、自分に合ったものを選ぶことが重要です。 これから紹介する3つのポイントで、自分に合うピッケルを絞り込みましょう。 スノーハイキングならトレッキングポールで十分ですが、雪山の稜線歩きや登頂を考えている人にはストレートタイプのピッケルがおすすめ。 杖の替わりにピッケルを使うシーンが多く、登山初級者にもぴったりです。 無雪期登山ではトレッキングポールが地面に直接触れますが、雪山の場合は地面に積もった雪面に触れるので、ピッケルが長過ぎると緩い斜面では使いにくく、短過ぎると雪面に突きにくく歩行バランスが崩れます。 ヘッドを持って体の横に付けた時に、スパイクがくるぶし辺りの位置になる長さがジャストサイズです。 一方、アルミやカーボン素材で作られたピッケルは軽量でやや高価ですが、縦走などで長時間持っても疲れにくいのが利点。 鋼鉄素材より強度は劣りますが、比較的傾斜の緩い縦走登山で使うには十分な強度が備わっています。 初級者におすすめモデル4選 急斜面を登降したり硬く締まった氷雪を刺して登る登山スタイルと違い、縦走登山の一般ルートで一番使いやすいのはストレートタイプ。 初めてピッケルを使う初級者にも扱いやすいモデルを紹介します。 <ブラックダイヤモンド> レイブン ウィズ グリップ 縦走向けのピッケルを展開しているのがレイブンシリーズ。 その中でウィズグリップはシャフトにグリップを追加し、リーシュをセットにしたモデルです。 ヘッドも大きくて持ちやすいのが特徴。 かなりイイ! デザイン、使いやすさは全く文句のつけようがありません。 まずデザイン。 シンプルで変にゴツくない。 最近は少し曲がったモノが多いですが、自分はストレートタイプがカッコイイと思っています。 これぞ冬山登山、って感じます。 使用感ですが、重さが適度な感じにあって、使用するのにちょうどいいです。 グリップも滑りにくいですし、ちょうど良い長さと感じます。 これにカバーがついていればもっと良かったですが。。。 これからばりばり使用していきたいと思います。 出典: <ペツル> グレイシャー 高い強度のヘッドには部分的なプラスチック加工で持ちやすく、シャフト下部は凹凸のある形状でグリップ性が向上。 シャフトのアルマイト処理も施され、強度と耐久性を備えた末永く使える軽量ピッケルです。

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【初めてのピッケル選び】注意すべきポイントとは?目的別おすすめモデル紹介|YAMA HACK

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【ピッケルの主な役割】 ピッケルは積雪期の登山をサポートし、安全を確保するために使う道具です。 主な役割としては ・雪面歩行時のバランス保持 杖として使用し、バランスを確保します。 一般的な登山の際に、メインとなる使用方法です。 ・急斜面の登降時のホールド(手がかり) 足場が不安定な所や急斜面で、スピッツェやピックを雪面に刺して、手がかり・足がかりにします。 ・転倒時の滑落防止 斜面や稜線(山の尾根)で転倒した際、 雪面にピックを突き刺して滑落を防止します。 【ピッケルの部位の名称】 ・ブレード 刃の幅広の部分。 雪や氷を削って足がかりを作る際などに使用します。 ・ピック 刃の細く尖った部分。 ・シャフト(柄) ・スピッツェ(石突) 柄の下端に付いた尖った部分 【ピッケルの種類】 ピッケルは目指す山やルートによって適応するモデルが異なります。 ・一般縦走用 雪の稜線を歩いたり、頂上を目指す冬山の一般的な縦走に使用します。 杖としての用途が中心となるのでシャフト(柄)がまっすぐのものがおすすめです。 ・ミックス MIX ルート用 急斜面や岩稜・雪稜(岩場や積雪のある稜線や斜面)が混ざったルート用に使用します。 硬い氷にも対応できるピックを持つものを選ぶ必要があります。 その他にも… アイスクライミング用 氷壁のクライミングに使用するモデルです。 シャフトは短めで角度がついたピックなどの特徴と共に ブレードの部分がハンマーになったタイプがあります。 【ピッケルの素材】 ・アルミ合金製 軽量なのが利点。 雪が柔らかい春山や滑落の恐れのない山域での使用に適しています。 ・鋼鉄製 急斜面や岩稜・雪稜があるミックスルートの際には強度がある鋼鉄製のものを使用してください。 【身体にあったピッケルの選び方】 持った際にスピッツェが、くるぶしの位置にあるくらいの長さが一般的です。 杖としての用途が中心の場合は長め、急斜面の登り下りが中心の場合は短めがおすすめです。 【ピッケルと一緒に必要なもの】 ・ピッケルバンド ピッケルを落として無くさないように、身体に固定するためのバンドです。 肩からかけるショルダータイプ、手首につけるリストタイプがあります。 雪山でピッケルを無くすと命に関わるので、必ず用意してください。 ・ヘッドガード・スピッツェカバー ピックやスピッツェは鋭利な刃物です。 使用しない時は専用のカバーを装着しましょう。 まとめ 道具に対する正しい知識を持つことで実際の登山での安心に繋がります。 冬山は他の季節以上に充分な準備が必要になりますので 経験者や店舗のスタッフに相談し、適切なピッケルを選ぶようにしましょう。

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ピッケル ピッケルは、積雪期のに使うのような形の道具。 語源はの アイスピッケル Eispickel。 アイスアックス(英語:Ice axe)、 ピオレ(フランス語:Piolet)とも呼ばれる。 昔は日本語表記として「氷斧(ひょうふ)」「砕氷斧(さいひょうふ)」「斧頭氷杖(ふとうひょうじょう)」「氷鉞(ひょうえつ)」などが使われたこともあるが定着していない。 その用途は幅広く、氷雪の斜面で足がかりを作るのに用いるほか、確保の支点(ビレイピン)、滑落時の滑落停止、グリセード時の制動及び姿勢の維持、アイスクライミング時の手掛かり、杖代わり、時には雪上でのとして使ったりもする。 山岳地帯での縦走用には柄が真っ直ぐで比較的長い60 - 70 程度のものが用いられるが、氷壁などの突破用には30 - 40 cm程度と短めのものが用いられる。 氷壁用のものは、オーバーハングしている局面を考えて柄がカーブしているものもある。 かつて近世 - 戦前程度には杖としての使用局面が多かったらしく100 cm程度あったが、現在はを別に用意することも多く、シビアな局面だけで利用されることが増えたため短めのデザインとなっている。 各部名称 [ ] 柄の部分をシャフト、柄の上端に付いている頭部をヘッド、ヘッドの両側に付いた刃のうち細く尖った方の刃をピック、広がった方の刃をブレード 、柄の下端に付いた尖った部分をシュピッツェまたは石突き(いしづき)という。 シャフト(西洋では通常ハンドルと呼ばれる)は1970年代頃迄は通常アッシュ(ヨーロッパ北・中部や中央アジアに産する)あるいは後期にはアッシュより弾力のあるが使われるようになった。 他にあるいはとも呼ばれるもの(シラダモと呼ばれるものは床の間などに使われる高級建材)や合竹、あるいはグリベルが使用した樹脂含浸木材なども一部に使われていたが、耐久性や軽量であることなどから徐々に最初はスチールから現在のようなアルミニウム金属製に置き換わるようになった。 この辺りは合理性を求めた道具の変遷ととらえるのが妥当である。 カバーを付けたピックとブレード 素材は通常であるが合金、合金などで製造されたものもある。 各先端部分は用途上非常に鋭く作られ刃物そのものであり、そのため輸送時はや製のカバーを取り付けなければ危険である。 以前は当然のようにザック外側にピッケル取り付け用のリングと紐或はバンドがあり、日本ではそれが本格的山屋であることのステイタスのようなところがあったが、現在はピッケル自体が短くなったこともありそれがサイド側へと移ってもいるが、の外側に取り付けて歩くと危険であるため、使用しない時は中に収納して運ぶことが勧められる。 歴史 [ ] 前史 [ ] スポーツ登山が始められる以前、氷河の上を登降する旅行者、僧侶、商人は人の背丈より長い棒であるアルペンストックを使っていた。 にで地理学を教えていたヨジアス・ジムラーにより発表され「世界最古の登山技術書」とも称される論考には、氷河上の登降にアルペンストックが必要である旨の解説がある。 近代登山の創始者といわれるがにジュアン峠を登っている銅版画があり、この時の一行はアルペンストックを使っているが、二番目を行く人物のアルペンストックの先に鳶口様の鈎がついており、これが今日のピッケルの原始的な形であると考えられる。 アルペンストックとアックスを別々に使う時代はしばらく続いたが、のガイドがアックスをアルペンストックの先に結びつけるアイデアを出し、これは「シャモニー・ピオレ」と呼ばれるようになった。 ピッケルの誕生 [ ] アックスがアルペンストックの先に固定されるようになった最初は アルフレッド・ウイルス()がヴェッターホルン初登頂に際して雇ったのガイドが持ち込んだ例とされる。 この時頭の一方は現在と同じように尖ったスパイクになっていたが、もう一方は扁平ではあったものの今日のような水平ではなく斧状に垂直であった。 これが水平になった経緯は不明であるが、頃ののポートレートに写っているのは縦型であったものの、その後エドワード・ウィンパーがガイドの王ヤーコブ・アンデレック所有のものを模して作ったというピッケルでは横型になっている。 ピルキントン型 [ ] には委員長C・ピルキントンの元に6人の委員を集めてピッケルとザイルに関する特別委員会を開催し、会員に対し一考に値する機材の提出を求めて検討した結果、の会合で英国山岳会推奨の公認用具が決定された。 現今のピッケルの原形はこの時決定されたピルキントン型である。 ダブルアックスによる氷壁登攀 [ ] より困難を求めて尖鋭化する氷壁登攀指向の専門家は、2本持ったピッケルを交互に振りかぶってピックを氷壁に突き刺して登る「ピオレ・トラクション」という技術を使うようになっており、その目的に合わせてそれまであった一般登山者用とはっきり区別され、ヘッドの形状や構造がかなり異なるようになって来ている。 総じてシャフトが短くなってピック側に曲がり、ピックの部分もシャフト側に曲がり、軽量化され、ピックの刃が鋭く研磨されるという傾向を持つ。 また対象とするコースや自分の技術や嗜好に合わせ、ピックを通常のものから反対側に沿ったバナナピック、半円筒状になったセミチュープピックなどに交換できるようになったものもある。 この場合2本のピッケルを持つ「ダブル・アックス」の場合もあるが、安全確保の目的で氷にアイスを打ち込むため片方をアイスバイルで持つ場合が多い。 これはブレードの代わりにが付けられたピッケルの派生物である。 詳細は「」を参照 日本におけるピッケル [ ] 日本で最初にピッケルが使われたのは、、など明治時代の外国人が持ち込んで使用した例である。 またも(明治21年)の第一回来日以来たびたびピッケルを携えて日本アルプスを登山しており、写真も残っている。 (明治41年)、東京地学協会会館で第一大会が開催され若干の登山用具が展示されたが、その中に「氷河渡りの杖」としてのピッケルがあり衆目を集めた。 ただしこの時「ピッケル」とも「アイスアックス」とも表記されなかった。 この時辻本満丸のが同時に並べられ、好対照を示して珍妙を極めたという。 このピッケルを日本山岳会の会員であった三枝威之介が借用、これをモデルとして友人の中村清太郎にアックス部分と石突きを打たせ、柄は江戸橋の棒屋に作らせ、これが第一号の国産ピッケルとされる。 (明治43年)夏に彼等はの縦走にこのピッケルを携え、扇沢の雪渓で有効に使ったという。 しかし日本でピッケルが知られた頃は登山と言えばその多くは夏山に限られており、ピッケルの需要も少なかった。 積雪期にも登山が行なわれるようになり需要と供給は増大したが、それでも本当に必要とする人は少なかった。 輸入に先鞭をつけたのは日本山岳会創始者の一人である高野鷹蔵で、「これは本業でなく余業であるから薄利で提供する」と断りつつも(大正元年)発行の『山岳』第七年第三号に「登山用具の輸入と販売」と題し「ティロールの本場で一々人の手で、打った上等の品」「嘴の長さは六寸位、柄の長さは三尺三寸から三尺六寸位まで」「八円位から十五円位まで」という広告を掲載し、品物は(大正2年)6月に入荷した。 また東京本郷の赤門前にあった美満津商店が高野鷹蔵協力の下で積極的に登山用具の販売を始めた。 この頃から日本でも夏山だけでなく急峻な雪渓も登られるようになってピッケルの存在も機能も理解され始めていた。 (大正10年)には大阪堂島のマリヤ運動具店が誕生、スイスからヘスラーを輸入した。 またにができ、から数年の間にスイスのヒュップハウブ、シェンク、ベント、ウィリッシュ、フランスのシモンを順次輸入した。 1930年代になるとがスイスのビヨルンスタットを輸入、世界の有名ブランドから選べるようになった。 初期の国産ピッケルは金剛杖に鳶口と石突を取り付けた程度のもので、ほとんど杖に近いものだった。 に厳冬期のに登頂した気象学者のは鳶口や鶴嘴をピッケルの代用として使用している。 に仙台の鍛冶職人、山内東一郎が数年前から試作を繰り返していた独自のピッケルを商品化し、これが国内における本格的なピッケルの草分けとなった。 には札幌の農具鍛冶職人、門田直馬が学生に請われたことがきっかけでピッケルの生産を開始 し、輸入品が次第に店頭から姿を消した こともあり山内、門田は多くの岳人に愛用された。 第二次世界大戦後最初に輸入されたのは戦後数年して美津濃(現・)が輸入したウィリッシュであり、当時の価格は6000円であった。 戦後はフランス製ではシモン、シャルレなども人気があり、国産では森谷がマナスルや南極大陸の遠征で使われたほか、ダイナミックスノーマンや東京トップなども多く愛用された。 先鋭的な登山家は鍛冶職人と二人三脚で自分専用のものを作り上げることもあり、特に二村善一のピッケルはやといった登山家に信頼を寄せられていた。 アルピニストの象徴として、鑑賞の対象として [ ] ピッケルは数ある登山道具の中でも、古くからアルピニストの象徴とされてきた。 山岳会や登山部のバッジなどにはたいてい意匠として使われているし、シャモニー、ツェルマット、グリンデルヴァルト等登山基地の町で墓地を訪ねるとアルピニストの墓石にはピッケルを象った彫刻がしてあったり、遺愛のピッケルそのものがはめ込まれていたりする。 日本においてはが岳人にとってのピッケルを武士にとってのに投影し、その影響の大きさから、不必要な人も実用的装備としてではなく装飾品なり愛玩物として購入するようになった。 の創始者の一人西岡一雄はのシェンク、テッシュ()のウィリッシュを両大関と称し、シェンクを「優美鋭俊」、ウィリッシュを「剛快」と絶賛、その他にも「女性的なエルクでも、優美なベントでも、凄艶なビヨルンスタットでも、豪宕なウィリッシュでも、とりどりの風格、気品というものがある」とし、シモンを「二流品」、が登頂に使用したアッシェンブレンナーを「やくざ物」と断じる等実践的な登攀具としてではなく鑑賞の対象としている。 中は気軽に登山できる状況ではなくなったが、戦地に赴く若者の中には自らのピッケルを後輩に託し生きて帰るまで「預かってくれるよう」言い残し二度と帰らなかった岳人も多かった。 注釈 [ ].

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