サクリファイス。 サクリファイス (1986年の映画)

サクリファイスとは (サクリファイスとは) [単語記事]

サクリファイス

自転車ロードレースの「アシスト役」を主人公に置いた、スポーツものとしてはやや異色の小説。 あらすじでは解りづらいが、後半はサスペンスものに移り変わっていく。 アシスト役ならではの心の葛藤、チーム内での微妙なポジション争い、レース中の心理戦。 このあたりが話の多くを占めている。 その理由は私の中では明確なのだが、どう伝えたら良いのか難しい・・・ 小説としては、受賞歴をみて解る通りに優秀な部類なのだと思う。 というか、著者自体が非常に優れているのだと思う。 私は小説というものを滅多に読まず(従って、こういった書き口調に馴れるのに20分ほどかかった)、なるほどこうやって構成するのか・・・と感心しきりだった。 描写は写実的ですっきりしており(個人的には体育館のボールのくだりなど映画の宣伝かよと嫌いで仕方ないが)、展開が早く、終盤はミステリー要素がメインとなるため、飽きずに「一気読み」に値する一冊だった。 ひとつのストーリーとしては満足度が高く、面白かった。 あるいは、著者がどこで知ったのだろうか。 序盤で知る人ぞ知る『暗峠』を出してくるあたりが、(わかってるじゃん)・・・と期待値を上げて行った。 あまりにも酷かったら、最後まで読まずにレビューも書かないでしょう) ・・・しかし、 所詮は「紙の上で練り練り」のエンターテイメントに過ぎないと感じた。 読んでいる最中は上手な文章とともに「ほぅー」と思ったのだが、よくよく考えてみれば子供騙しかよと。 ドーピングでエフェドリンなんて欧州でもびっくりの超低級、それも犯人も混入状況も認知しており、いくらでも証言できる。 それを、一度のマイナーレースで命を投げ出す?なんだそのサクリファイス、バカも休み休みに言え。 (強いて科学的に揚げ足取りをすれば、エフェドリンはどのくらいの量を飲むかもわからない経口摂取で作用域か中毒域かもわからない・・そんなのドーピングにさえならないし、普通のドーピング担当者ならすぐにうっかりドーピングor事件性を疑うことができる) ロードレースにおける死は何を意味するのか、少しでもツールドフランスなどを見たことがあるなら知っているだろう。 単にレースを止めるもの?そんなわけないだろう。 古くはベルナール・イノーが、ランス・アームストロングが、そのチームメンバーらが、レース中であっても命を落とした同僚にどういう態度をとっているか。 そんな軽々しく投げ出すものではない。 そんなサクリファイスがあってたまるか。 ストーリーの一番の骨格がねじ曲がり切っている。 それをいくら肉付けしたところで、何一つ響かない。 文章の旨い下手ではない。 やっぱり、小説は小説だ。 熾烈なエース争いなら古のイノーとグレッグ・レモンの逸話なんかの方がよっぽど面白い。 アシストのサクリファイスなら、ツールやジロの1ステージでも見れば劇的な瞬間に溢れている。 ランス・アームストロングの7勝はどんなレベルのアシスト陣の上に成り立っていたのか(他チームならエース級なのに!)、その後のドーピング禍にアシスト陣がどんな証言をしたのか。 コンタドールにどれだけがっかりさせられ、世間はどれだけサガンやフルームにどれだけクリーンであって欲しいと願ったか。 そしてサルブタモール問題に悪夢が蘇ったか。 サイクリストの苦悩、海賊パンターニというヒーローは映画化までされた。 確かに本として面白く写実的で解りやすいのだが、些細なツッコミは控えるとしても、根幹が心底納得いかない。 小説ではなく、それなりに熟知した著者が史実を語ったほうが、よほど意味があると思うがいかがだろうか。 私の読後感は「この本に何の意味があるんだ、ここから学べることはひとつもない」。

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【サクリファイス デッキ】大会優勝デッキレシピまとめ

サクリファイス

解説 東日本大震災後の若者たちをとりまく「死」の物語を描き、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019で国内コンペティション優秀作品賞を受賞したヒューマンドラマ。 東日本大震災から8年、新興宗教団体「汐の会」で東日本大震災を予知した少女・翠は、陸上部に所属する女子大生として学生生活を送っていた。 そんな彼女の大学周辺では3つの不可解な事件が起こっていた。 神崎ソラという学生の孤独な死。 311匹が殺されるまで終わらないとされる猫殺し。 若者たちを戦争へと駆り立てる団体「しんわ」の暗躍。 平凡な毎日を拒絶し、境界線の向こう側への憧れを強く抱いている女子大生の塔子は同じ学部に通う沖田が猫殺しの犯人ではないかとの疑いをかける。 やがて塔子は、沖田がキャンパス内で亡くなった神崎ソラと接触を持っていた唯一の人物であった事実を知ってしまう。 監督は篠崎誠作品や黒沢清作品にスタッフとして参加し、本作が長編初監督作となる壷井濯。 スタッフ・キャスト 東日本大震災を『311』という記号でしか捉えられない人間が作った罪深い代物。 まだセカイ系なんかやってんのかよ・・ 冒頭からしてこの監督の先生が撮った「SHARING」とあまりに類似しているものだから頭を抱える。 この映画にはオリジナリティというものはなく、先述の「SHARING」や村上春樹、ヱヴァ破と様々な既存の表現のオマージュの切り貼り まあそれっぽく書いたけど要はパクリ をそれっぽい雰囲気でまとめているだけ。 監督が自分に酔ったような幼稚な台詞の連発と意図的とはいえあまりにテンプレ的で薄っぺらい登場人物達に失笑。 演出も拙いが俳優陣も拙い。 ある人物が鉄パイプで殴られる所のリアクションはちょっと笑った。 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved. 「ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷」 C 2018 Danger House Holding Co. , LLC. All rights reserved. 「ANNA アナ」 C 2019 SUMMIT ENTERTAINMENT,LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 「ハリエット」 C 2019 Focus Features LLC.

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サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス

解説 [ ] 当作品は1986年のにおいて絶賛され、を初めとする4賞を独占して受賞した。 しかしタルコフスキーはこの映画の完成後、病床に伏し、同年暮に故国にも戻れぬままで亡くなり、となった。 あらすじ [ ] 舞台はの。 舞台俳優の名声を捨てたアレクサンデルは、妻アデライデと娘マルタ、息子の少年(喉の手術をしたため、映画の最後まで口をきけない設定)と暮らしている。 家には小間使いのジュリア、召使いのマリアもいる。 アデライデは夫への不満を抱き、夫婦は不仲である。 今日はアレクサンデルの誕生日。 その日、郵便局員オットーや医師ヴィクトルといった友達も交えて誕生会を開くことになっていた。 オットーが持ってきたプレゼントの古い地図が高価だからと辞退するアレクサンデルに、犠牲がなければプレゼントではないとオットーが言う。 白夜の屋外に、アレクサンデルは自宅そっくりの小さな家を見つけるが、帰宅途中のマリアに、それが子供が誕生日のプレゼントに作ったものだと教えられる。 子供は自宅の2階のベッドで眠っていた。 アレクサンデルが階下に降りると、サロンにあるテレビが突然、が勃発し非常事態となったことを伝えた。 しかし停電により外部との連絡が途絶えてしまい、人々はパニックに陥った。 アデライデはヴィクトルからを打たれ、自分の願望といつも逆のことをしてきたと語る。 彼女は子供を起こそうとするがジュリアに止められる。 アレクサンデルはヴィクトルの持ち物にピストルがあるのを見つける。 子供は眠っている。 その頃ヴィクトルの前でマルタが衣服を脱いで彼を誘っている。 神を信じなかったアレクサンデルが初めて、家族も家も自分の持つ総ての物を放棄するから愛する者を守ってほしいと神に祈り、力尽きてソファに倒れ込む。 眠っていたのを起こしたオットーから「実はのマリアと寝なければ世界は救われない」と教えられると、アレクサンデルはマリアの家を訪ねた。 アレクサンデルが語る母の思い出を、だまって聞いているマリア。 マリアの前でピストルをこめかみに当て、救ってほしいと訴えるアレクサンデル。 2人は抱き合った。 翌朝、アレクサンデルが目覚めると、電力は通じておりいつものようにオーディオセットでのテープを聴くことが出来た。 それどころか、テレビをつけると核戦争自体が全く無かったことになっていた。 何事もなかったように朝が訪れたのを、アレクサンデルは自分が魔女と寝たからだと、そしてそのことを教えてもらえたのはこれから自分が払う犠牲のおかげだと考えた。 彼は神に約束した通り、犠牲を捧げることを始める。 キャスト [ ]• アレクサンデル -• 妻アデライデ -• 郵便局員 - オットーアラン・エドヴァル• 召使いマリア - グドルン・ギスラドッティル• 医師ヴィクトル -• 小間使いジュリア - ヴァレリー・メレッス• 娘マルタ - フィリッパ・フランセーン• 監督 - アンドレイ・タルコフスキー• 製作 - カティンカ・ファラゴ• 製作総指揮 - アンナ=レーナ・ヴィボム• 脚本 - アンドレイ・タルコフスキー• 撮影 -• 音楽 -• 『』より「」(独唱:ユリア・ハマリ)• によるの音楽• スウェーデンの民俗音楽 ほか• 編集 - アンドレイ・タルコフスキー 映画からの影響 [ ] 作家・は著書『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日』(、、)で次のようなことを書いている。 次男は生前、の『』を気に入って何度もレコードで聴いていた。 またタルコフスキーのこの映画『サクリファイス』にも傾倒していた。 その後、を図った次男は治療の甲斐なく状態となり、のための摘出手術を受けた。 深夜に柳田が次男の遺体とともに帰宅して間もなく、長男がこの時間に偶然にので『サクリファイス』が放送されているのに気付いてテレビのスイッチを入れると、映画の終盤の場面が映り、そのBGMは『マタイ受難曲』のアリア「憐れみ給え、わが神よ」であった。 エピソード [ ] 最後の家屋が全焼するシーンは撮影中にカメラが止まってしまったため、セットをすべて作り直して再撮影された。 外部リンク [ ]• - (英語)• - (英語)• 1988• 1989• 1990• 1991• 1992• 1993• 1994• 1995• 1996• 1997• 1998• 1999• 2000• 2001• 2002• 2003• 2004• 2005• 2006• 2007• 2008• 2009• 2010• 2011• 2012• 2013• 2014• 2015• 2016• 2017• 2018• 2019 この項目は、に関連した です。

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