ドラゴンクエスト 映画。 【ファン歓喜!?】映画ドラゴンクエストを観た感想

映画ドラゴンクエストユアストーリーは最低評価!ビッグタイトルなのにクソ映画となってしまった理由は?

ドラゴンクエスト 映画

観てきました。 感想を書くべき作品だと感じたのでこうして記事にさせていただきました。 以下記事を読む前の注意点• 映画の核心を含むネタバレがあります• 約12000字の長文です• 辛口評価です• 同時期に公開された『劇場版 Over Quartzer』の内容に触れて比較する箇所があります 以上を承知の方のみお読みください。 まず最初にこれだけは誠意を以て伝えます。 この映画は親子連れで観に行ってはいけません。 もしかしたら世のお父さんお母さんは、上映後に瞳を輝かせている子供に対して「これがぼくわたしが昔夢中になってたゲームなんだよ」とちょっぴり自慢げに語る情景を想像しながらこの映画を観に行く計画を立てているかもしれませんが、そのような光景を実現することは不可能です。 この映画は5をプレイしたことがない子供が観ても楽しめないし、お話を理解することができません。 この作品は5をプレイした大人の懐古のために作られています。 なので絶対にを知らない子供を連れて行ってはいけません。 私たちは、子供から大人に成長する中で、いつの間にか挑戦する心というものを失っていたのかもしれません。 なけなしのおこづかいで買ったゲームや観た映画がつまらなくて「チクショウ!」となる体験をするにはなかなか難しい時代になりました。 にはユーザーたちの生の感想が溢れ、いざお金や時間を使ってゲームや映画に触れようと思えば、その前に必ずインターネットの情報をチェックしてそれが「ハズレでないか」を確認するのが王道です。 雑誌のレビューよりも、匿名板を飛び交う胡乱な情報合戦よりも、それらより遥かに信頼できる上で口コミとして交わされる膨大な情報量の感想たち。 私も最近映画を観るときはなどでなんとなく面白そうという情報をれてから観るようになっていました。 しかし今回のの映画化に、というゲームで幼少期を過ごした私は強い感慨を覚えていました。 その冒険の形はゲームをプレイする人によって違うでしょうが、皆さんが心の中にの思い出をそれぞれの形で持っているように、私も私自身の体験としてのを持っています。 の感想を踏まえて観に行って「いやぁ〜大傑作でしたねぇ」「巷で言われているようにあそこの演出は原作を尊重できていない悪手でしたなぁ」みたいな知った風な口を効くことは簡単です。 けれど、本当にそれでいいのでしょうか? いくらに溢れる感想から面白いか面白くないかを判断できるといっても、この膨大な情報が身近に溢れる現代だからこそ、敢えてそれをシャットアウトすべきときもある……。 この『ユア・ストーリー』と銘打たれた映画を、私は私自身の物語として享受したい。 他の誰でもない、私だけのとして受け止めたい。 なので私は、この映画を予告編などの公式情報以外のネタバレや感想を一切見ず、ただまっさらな私自身の心のみでぶつかることにしました。 もしかしたらつまらないかもしれない。 「こんなのじゃない!」と駄々をこねてしまうかもしれない。 でもそれでいいじゃないか。 面白かった、つまらなかった、感動した、笑った……そんな感情の起伏のひとつひとつが私のという体験を、私自身を作っていくんだ。 もう一度わたしは挑戦したい。 童心に還ってこのという物語を受け止めたい。 そう覚悟した私は、公開日当日に定時退社し、もう子供ではない大人としての生活リズムの身体のまま、けれど心だけはあのときの童心を強く秘めつつ、都内の映画館で『 ユア・ストーリー』を観たのでした。 その結果は。。。 つまらなかった。 いや〜つまらない。 つまらないとしか言いようがない。 どんな作品だったとしても、たとえ原作の想い出を裏切るような体験だったとしても、私は映画を鑑賞することによって生まれる喜怒哀楽の感情をひとつの貴重な体験として尊重しようと思っていました。 しかしこの映画は 《無》でした。 ただただ映画全体が虚無で、ポカンとすることしかできない。 劇場の椅子に座ってスクリーンを眺めている間ずっと退屈で、最初と最後のシーン以外に心がほんの僅かさえも動かないんですよ。 の壮大な世界観とそこで繰り広げられる冒険が《無》という何かに落とし込まれたものを体験してきました。 けれど前情報なしで体当たりで映画を観に行って「失敗した〜」という体験を久しぶりにできて、そういう意味では非常に有意義でした。 まさしくなけなしのお小遣いで買ったゲームがつまらなくて「チクショウ!」となる感覚。 を通じて、子供の頃に持っていて大人になる中で次第に忘れていってしまった冒険心を再び取り戻せた気分です。 ありがとう、(?) これからどこがどうつまらないのかを語るわけですが、それがなかなかに難しいんですよね。 あそこが原作と違くてガッカリしたとか、あの表現がダサくてむかついたとか、そういうのじゃないんです。 前述した通りすべてが《無》に満ちている。 一応、最初と最後のシーンは心が動いたということで、まずは最初のシーンから語るのですけど、いや〜あれには動揺しました。 冒頭にて、魔王が封じられた魔界とそれを封印した天空人、そして勇者だけが扱うことのできる伝説の剣について語られます。 いわばの冒頭のアレが、お馴染みのあのテキストウィンドウで語られていくのです。 正直この演出にはワクワクが止まりませんでした。 そして物語の幕が開くとそこには…… 原作である版のゲーム画面がドカン!と表示されていた。 主人公(リュカ)を出産するパパスとマーサ• 船で旅をする主人公とパパス• レヌール城にておやぶんゴーストと対決する主人公と• のゲレゲレを仲間にする主人公 これらの展開が実際のゲーム映像と共に繰り広げられていきます。 ポスターと予告編にて3DCGで描かれたキャターたちを観ていた私は、凄まじい動揺を受けると共にこれらの映像が示すものに次第に気づいていきます。 「これ、ダイジェストか?!」 わかってはいた。 一本の映画に5の壮大な物語がそのまま収まるはずがない。 どこかしらの要素をオミットしたり、物語の筋書きを大幅に書き換えたり、ゲームから映画にメディアが変わる以上は様々な描写の見せ方が変わってくるのは承知していた。 しかしまさか実際のゲーム画面を用いてダイジェストにするとは。。。 たしかに原作付きの作品で諸々の商業的縛りによりダイジェストを展開しなければならないとき、一番やりやすくてなおかつ観客の間にも齟齬が発生しない方法が何かといえば、そりゃまぁ原作をそのままやることなんですよね。 最初に「親子連れで観に行ってはいけない」と書いた理由のひとつがこれで、 劇中で語られる「との出会い」「フローラとの出会い(版は幼少期にフローラと出会うシーンはないのだけどダイジェストではいい感じに捏造されてる)」「ゲレゲレとの出会い」「ゴールドオーブの入手」は全てゲーム画面のダイジェストで終わるため、 原作を知らない人は後にと再会し、フローラと再会し、ゲレゲレと再会してもなんのことやらさっぱりなんです。 ゴールドオーブなるものを幼少期の自分が持っていたので時間を超えてそれをすり替える……という流れも映画一本だけでは意味不明です(5を象徴する物語上のギミックのひとつなので削りたくないのはわかるけど。。。 ) この時点で「この映画は単体で作品として成立させる気はない」ということに気づき、私は作品を鑑賞する心構えを大きく変えることになります。 そんなこんなで壮大なの世界観を原作のゲーム画面そのままで表現したダイジェストの後、パパスがゲマに焼き殺されるところから実質の物語が始まります。 そしてその実質の物語が限りなく《無》なんです。 心が全く揺れ動かない、虚無の冒険が幕を開けます。 とりあえず以下の箇条書きを読んでください• 住人が兵士ひとりとヘンリー王子しか描かれない(そこが城ということすら認識できない)• 雪中に佇むパパスの一軒家のみ描かれる(ただの一軒家なのでという単語が村の名前と理解できない)(妊娠〜出産を経る月日が描写される間もずっと降雪してる)• ルドマンとフローラしかいないルドマン邸(使用人とかはが怖くてみんな逃げちゃったのかな?)• 原作では村人に話しかけることでその村の生活や状況などを推察したりできるが、この映画の村人はガヤ以上の喋りはしないモブなので、その村や街の人々の暮らしは見えてこない• そのため魔王と魔物が世界を脅かしている様子がイマイチ見えてこない(それっぽく侵略の様子が描写されるが宙に浮いている)• 劇中の重要な設定として天空人の単語が繰り返し語られるが、魔王を封印した彼らがかつてどのように暮らしていたのかなどのバックボーンは一切描写がない(もオミットされている)• ことが登場するが、彼についてのバックボーンも一切ない• やなどの名前がちらりと出てくるが、さりとて世界観を補強する役割はなく、映画としては不要なただの無駄情報として提示される• 街の移動が世界地図の表示や航海する船のカットで済まされる箇所が多すぎる• 「やくそう」と「てんくうのつるぎ」以外の名前がついたアイテムは登場しない• などの状況により映画の世界がの世界だという認識が持てない 3DCGで描かれた『 ユア・ストーリー』の世界はの世界として成立していません。 それどころか以前にひとつの「世界」としてすら成立していません。 そこで起きる出来事を私は「世界」を舞台にした「冒険」と受け止めることができませんでした。 えげつないと感じたのは、兵士とヘンリーしかいないやパパスの家しかないが3DCGで描かれる度に、私の脳みそはそれらを補完するべく必死にのドット絵で描かれたマップ画面を思い出そうとするんです。 目の前で3DCGの映像が流れているのに、それを補完するためにドット絵を思い浮かべる必要があるってどういうこと? 3DCGで描かれる壮大なの世界を堪能するために映画館へ足を運んだはずなのに、実際はドット絵で描かれたゲームの方が遥かに世界の豊かさに満ちあふれているんです。 そんなのアリか? そして世界観のみならず物語においても、様々な虚無が私を襲います。 サンチョって誰?(の設定はオミットされているのでパパスに付き従う召使いっぽい言動の彼が誰なのかは最後までわからない)• 大神殿を建設する奴隷として働くが、その大神殿は最後までその映像が描かれず、何のために石を運んだりしていたのかが最後までわからない(最終決戦の舞台は大神殿の上空にある場所)(掘った穴をまた埋め直すとかそういう類のやつかな?)• ヘンリーはダイジェストが終わるといつの間にかから攫われて、次の場面で気づけば隣にいて一緒にゲマに捕まり、その後大神殿を脱出するとすぐに場面が移り、結局何故彼がそこにいたのかよくわからないまま別れる(ヘンリーが物語に存在する意味は最終決戦にその他大勢と一緒に助太刀に駆けつける以外にない)• 「のルドマンが天空の剣を持っているらしい」「大神殿城下街ではが人間に化けているらしい」と物語を進める情報が特に捻りもなく登場人物から「そういえばこんな話があるよ」とばかりに素で提示される• 上に同じく登場人物が唐突に「!」「!」と叫びながら嵐や炎を呼び出す。 いやわかるよ?それがMPを消費して発動する魔法という行動で、レベルアップすることでそれらを取得し、モンスターとの戦闘を優位に運ぶことができるのは知ってる。 フローラが主人公の持つ本当の気持ちに気づかせるため占いばあさんに変身してとの仲を取り持つが、どうして彼女が他人に変身したり真実の愛に気づけるような薬を持っていたのかは一切説明されない(変身は的な魔法と推察できるのだけど、そもこの世界における魔法という概念がロクに説明されていない)• 最初はフローラを結婚相手として考えていたが、薬を飲んで深層意識に沈み自己暗示をアンロックすることでその奥底にある最愛の相手がであることに気づく。 しかし全てが理屈の上の物語展開と演出であり、そこに観客が感情移入できる余地は一切ない• 「背中を任せられる相手が本当に大切な人なんだ」と喧嘩しながらも一緒に冒険をしてきたを結婚相手に選ぶが、幼少期のとの想い出はダイジェストのゲーム画面でしか描かれないので、映画の登場人物としてのオリジナルの性格付けをされたとした冒険や観客としての彼女への思い入れは、の近所の穴でと対決した以上のものがない• 尺の都合上あらゆる出来事がまさしくイベントをこなすかのように進行するので、に来て結婚イベントが発生し結婚相手を選ぶまで劇中で一晩の時間しか経っていない。 もフローラも実質に来て初めて登場したキャターなので、ワンナイトの勢いで結婚相手を即決しているような状況• 天空の剣を鞘から引き抜けない主人公は真の勇者ではない!といった描写が頻出するが、息子が天空の剣を引き抜く肝心のシーンは「石化が解かれた!すごい年月が流れてる?君は僕の息子?あっ間違えて天空の剣を渡しちゃったらなんか使いこなしてるよ!」ぐらいのスピード感で描かれるので感動する余裕すらない• 劇中でことわざの誤用にツッコミが入るシーンがあるのだけど、そもファンタ世界で日本のことわざが出てくるのがよくわからない(全体的な台詞回しにおいても「やばい」みたいな俗な言葉遣いが多く、もちろん原作ゲームの台詞で物語を進行させるのは無理なので脚本家の色を出す必要があるのだけれど、それにしてもどこか世界観にそぐなわない違和感を覚える)• 物語のテンポがめちゃくちゃで、謎の説明シーンに?となったり「ここが盛り上がるところですよ!」と暗に言ってくるようなシーンに「お、おう」と無理やり感情を高めなければいけなかったりする が映画化され、その物語が5を下敷きにしたものになると知ったとき、私は心の中で「なるほど」と頷きました。 5は親子三代に渡る物語です。 父の志を受け継ぐ息子。 家族愛というものは普遍的なテーマです。 5を原作として選ぶことにより、家族愛といった要素に乗せて、を知らない人も心揺さぶられる物語を届けることができる……映画を観る前までは5というチョイスにただ唸ることしかできませんでした。 しかし実際は違いました。 この映画に家族愛みたいな要素はありません。 ちぐはぐなダイジェストと物語進行で、親子三代のドラマを感じることすらできません。 「本当の勇者は主人公ではなくその息子だった!」という5最大のギミックすらあやふやです。 親から子へ継がれる親子三代のドラマが成立してない• 結婚相手を選ぶにおけるドキドキ感やら恋愛やらのドラマも成立していない• 原作ゲーム画面でダイジェストをしている以上、一本の映画として成立させることを諦めている• かといって割り切って原作の雰囲気を懐かしもうとしても、の世界観を表現することさえできていない そんなこんな破綻を抱えたまま物語はクライマックスへ。 最後の最後で復活した大魔王は、実はと置き換わって世界に介入したウイルスであり、なんとこの世界が仮想現実のゲーム世界だったことが判明します。 それにより主人公以外のゲーム内時間は停止し、3DCGはテクスチャを剥がされ灰色のポリゴンとなり、そのポリゴンは分解されて塵へと消えていきます。 絶望する主人公。 主人公は現実世界においてただの平凡な会社員であり、をリメイクした仮想現実を体験できるゲームにおいて幼い頃にをプレイした想い出に浸りながら主人公になりきっていただけだったのです。 この瞬間、この物語におけるあらゆる謎が解かれます。 本当に自己暗示だった) Q.どうしてには兵士とヘンリーしかいないし、はパパスの家しか出てこないし、全体的に3DCGによる世界観の表現がガバガバなの? A. ゲームだから Q.どうしてこの映画はちぐはぐでめちゃくちゃでつまらないの? A. ゲームだから Q.ユア・ストーリーって? A. ゲームだから そういうことだったのかリリン……となるばかりの超展開。 これまでの物語がどんなにつまらなくても、それがゲームだったからと言われたら仕方ありません。 つまらないことさえ伏線だったのです。 なるほど〜そういうことだったのか〜ゲームだったらつまらなくても仕方ないな〜 ってそんなわけあるか!!!!!!!!!!!!! 「実は全部ゲームでした」というどんでん返しがこの映画が娯楽作品として破綻していて一時間以上《無》の映像を観せられることの免罪符になるかといえば全くなりません。 しかしこの物語展開が、この映画が、スタッフ一同によって真摯に作られているということは観客の私にも伝わってきました。 「そもそも一本の映画でをまともにやるなんて無理でしょ」 そんなスタッフの心情が、ゲームの世界として切り捨てられ破壊されていく3DCGのキャターを通じて伝わってくるようでした。 そうです。 無理なんです。 私は子供の頃は、つまらないゲームや映画に「どうして大人たちはこんなつまらないものをさも面白いかのような嘘の宣伝をしてこの世に送り出してユーザーを失望させるのだろう……」みたいなことをぼんやりと考えることもありました。 でも今の私は大人です。 大人の私は、普段私たちが楽しんでいるゲームや映画はたくさんの人々が携わった結果であることを知っています。 良い結果を出すには人・金・時間が十分に用意されている必要があり、そして現実とは往々に残酷でそれらが不十分なまま物事に取り掛からなければならないことがあるのです。 『 ユア・ストーリー』はそれらが不十分な作品でした。 家族愛という方向性で一般層にウケることを狙うためにも、往年のファンの懐古をくすぐって満足させるにも、それらを達成するために原作ゲームの要素をうまく再構成して一本の映画として再構成する技術を持つスタッフは存在しませんでした。 そもそも映画の尺的に無理でした。 3DCGは予算の都合で町や村の情景をの世界観に落とし込んで表現することはできませんでした。 もちろんキャターたちの表情は豊かで、アクションシーンもグイグイ動き、決して品質が悪かったというわけではありません。 ただ日本の3DCGによるアニメーション表現の限界がここまでであり、ドット絵で壮大な世界観を表現していた原作が3DCG以上に偉大だった……それだけの話です。 しかし背負うのはの看板。 声優は豪華俳優陣。 一本の映画が作られるまでにはたくさんの利害関係者が関わっています。 そんな方々のためにも、プロとしての矜持のためにも、仕事で食い扶持を稼いで家族を養うためにも、決して途中で「こんなの無理だよ!」と投げ出すことはできません。 もし「ゲーム世界でした」というオチがなければ、この映画は何の価値もない駄作だったでしょう。 よくあるつまらない実写映画化と同系列……という烙印を押され、よくあるたくさんのメディアミックスにおいて恵まれなかった作品としてすぐに人々の記憶から消え去っていたはずです。 もちろん駄作の烙印と人々の記憶からの消失は避けられないでしょうが、この「ゲーム世界」というオチは映画を観に来た観客にどんなに小さくとも「オッ」と思わせるものがあったのではないでしょうか。 ウイルスによって破壊されるゲーム世界。 悲痛な叫びを上げる主人公にウイルスは告げます。 「大人になれ」 主人公のへの想い出を、ゲームという体験を、まるっきり否定する言葉。 「実はおれはウイルスに対抗するワクチンなんだ!おれの力を使え!」 ちなみにこの瞬間はじめて喋ったスラリンのCVはさんです。 映画から迷い込んできたのかな? そんなスラリンを媒介に召喚されたのはを思わせるシルエットをした光り輝く剣。 幼い頃からという作品が自分に与えてくれた勇気を糧に、偽物と切り捨てられたこのゲーム世界を通じた冒険がたしかに現実の経験として心に在ることを信じ、主人公が振り下ろした剣はウイルスを斬り裂くのでした。 こうするしかなかった。 破綻している物語をそれでも物語として繋ぎ止めるには、これしかなかった。 この映画において結局最後までウイルスやらワクチンがどういう存在なのか、どうしてそこに在るのかは判明しません。 でもこれでいいんです。 真の敵は「こんなのゲームでしょ」とゲームの体験を否定する存在であり、そしてそれに抗うのは幼い頃にゲームを通じてワクワクを体験した主人公のゲームの体験を信じる心なのです。 真の敵に抗うためのキーとなるのがスライムとなのは、それがという物語の象徴だからなのです。 実はこの世界そのものがひとつの本だった。 私もいくつか思い当たる節がある中で、映画を観ながら類似点を強く感じたのは、同時期に公開された映画『劇場版 Over Quartzer』でした。 映画のテーマと同じくも子供たちの夢を背負って立つ作品。 平成が終わり令和の世へと踏み入れた時代において公開されたこの映画もまた、映画と同じくメタな展開をする作品でした。 映画内でタイムスリップの描写があるも、辿り着いた戦国時代におけるにおいては馬を使う予算がないせいか、武田軍の騎馬隊がなんと騎馬戦で表現されます(は?) そんなムチャクチャな展開の後に待ち受けるラスボスは「平成をやり直す」という目的を掲げていました。 ラスボスの目的は、これまで20作品の間で色々とムチャクチャだったの歴史をやり直し、凸凹な世界観を統一してキチンとした作品として舗装することだったのです。 「そもそもこの作品つまらなくない?」という究極のメタが敵となる映画において、しかし主人公たちは諦めず「たとえ凸凹でもこの平成という時代を生きてきた自分たちの一歩一歩を信じる」という信念の前にラスボスは(いわゆる令和おじさんのパロディのポーズをしながら爆散して)敗北します。 物語世界に対するメタで作品を成り立たせている両映画ですが、しかし私が感じる作品への評価はまるで違いました。 例えるなら、映画はジオウ映画における騎馬戦のシーンだけを100分近くひたすら流して、最後の1分で平成キックをしたような作品。 「どんなに凸凹でもこれが俺たちの生きた時代なんだ! それを否定なんてさせない!」 というメッセージは立派でも、そこに至るまでが騎馬戦100分だったら「いやこれが平成を駆け抜けた軌跡なのだとしたら平成やり直したほうがよくない?」ってなっちゃうじゃないですか。 そもそも映画はメタを語る前に本筋がつまらない……虚無なんですよね。 映画の最後に出てくるメタの部分は「最高!と共に青春を過ごした俺たち最高!」みたいな話以上に、そもそも 物語が破綻しているのをどうにか作品として繋ぎ止めるためにやっているわけで、それが終盤までの物語がつまらないことへの免罪符になるかといったら前述の通りならないわけです。 最後に何をやっても、私が映画を観ている約100分は「 つまらない」という感情でいっぱいだった。 最後のメタ展開はそのつまらなさへの言い訳でしかなかった。 そもそも本気でメタ展開で物語を成立させるなら、序盤の時点でこれがバーチャル世界だと提示するだとか、もっと他のやり方があったはずなんですよね。 『スライムはの象徴!そこから引き抜かれるで、ゲームなんて嘘っぱちなんて言うやつに見せつけてやろうぜ!』 これはラストの展開で伝えたかったであろうメッセージを私の言葉で書き起こしたものです。 言いたいことはわかる。 わかるよ。 でも伝わらない。 例えば「ゲームなんてくだらね〜笑」といじめられてた少年がそれでもゲームの可能性を信じて、大人になってゲームデザイナーになったり、そうでなくてもゲームがあったからこその人生を送る映画のラストがこれだったら感動していたと思います。 でもこの映画で「所詮ゲームなんて嘘っぱち」という話が出てきたのはラスト10分未満くらいのところなわけで、そこで「それでもゲームの可能性を信じる俺たち!泣」みたいな話をされても呆然とすることしかできませんよ。 スラリンの「おれはワクチン!(CV. )」で私は考えるのをやめました。 でも最初に述べた通り、やはりこういう「つまんない映画観ちゃったな〜損したよ」みたいな体験も、大切な経験だと思うんですよね。 映画の中ではをプレイする幼い頃の主人公は瞳を輝かせていましたが、現実ではパパママからの誕生日プレゼントとかで買ってもらったゲームがとんでもないで後悔するとかそういうこともあったはずなんです。 面白いだとかつまらないだとかそういった喜怒哀楽の経験が全部ひっくるめて人間を形作る糧となり、そうして人生というものは続いていく……。 人によってはラストの展開を「観客に対して不誠実だ」と思うかもしれません。 でもあれだって映画の制作スタッフが一生懸命頑張った結果なんです。 私はあの結末を(クソつまらなかったという形で)受け入れています。 私が映画を観た劇場では、の仕事終わりに映画を観に来たスーツ姿のサラリーマンたちが映画が終わると同時に「まぁ、仕方ないよね」と口々に話していました。 私たちは子供から大人になったのです。 そしてその中で成長したのです。 「仕方ない」を大人になったが故の諦めとして捉えてしまう人もいるかもしれません。 けれど私はそうは思いません。 「仕方ない」という言葉は諦めではなく赦しなのです。 広い視野を以て物事を捉えられるようになった大人による、誰かの失敗を受け止めてその心情を慮って許すという優しい心なのです。 どんな映画作品にもそれに仕事として取り組んだスタッフたちがいる。 作品への評価は別として、誠実に作品と向き合ったスタッフに対して、最低限の敬意を持ちたい。 という作品に触れて育った私ですが、決してゲームのキャターのようにカッコよく優しく強い存在にはなれません。 ありがとう、 ユア・ストーリー ありがとう、こんな映画を観ても赦せるだけの懐の深さを作ってくれたジオウOQ たとえどんなにつまらなくてもそれが「ユア・ストーリー」だと言われてしまったからには、それが私という人生の物語の一部に組み込まれてしまったという事実を受け止めて生きていくよ。 でもまだ観ていない方は、わざと地雷を踏んで「こりゃひで〜わ笑」となる遊びをしたい方以外は観ない方がいいよ。

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【みんなの口コミ】映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の感想評価評判

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「佐藤健は上手いね!違和感なく主人公リュカとして存在!」「すぎやまこういちさんBGMが鳥肌でした!」「ビアンカもフローラもめっちゃ可愛いかったから満足!」 上映中【2019年8月2日 金 公開】 国民的RPG『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』を「アルキメデスの大戦」の山崎貴が総監督・脚本を手掛けて3DCGアニメ化。 魔物たちから妻を取り戻そうとしたパパスは、息子リュカの前で殺される。 10年後、リュカは父の遺志を継ぎ、再び冒険に旅立つ。 声の出演は、「サムライマラソン」の佐藤健、「フォルトゥナの瞳」の有村架純、「オズランド 笑顔の魔法おしえます。 」の波瑠、「今夜、ロマンス劇場で」の坂口健太郎、「50回目のファーストキス」の山田孝之。 監督は、「STAND BY ME ドラえもん」で監督を務めた八木竜一とアートディレクターの花房真。 -Movie Walker- あらすじ<STORY> ゲマ率いる魔物たちに母を連れ去られた少年リュカ(声:佐藤健)と父パパス(山田孝之)は、母を取り戻すために旅を続けていた。 ついにゲマと遭遇したパパスは、魔物たちと激しい戦いを繰り広げる。 しかし一瞬の隙をつかれ、リュカが人質に取られてしまう。 手出しができなくなったパパスは、リュカの目の前で非業の死を遂げる。 10年後、故郷に戻り、「天空のつるぎと勇者を探し出せば、母を救うことができる」というパパスの日記を発見したリュカは、父の遺志を受け継ぎ、再び冒険の旅に出る。 リュカの行く手にはいくつもの試練が立ちはだかり、そして、幼馴染ビアンカ(有村架純)と大富豪の娘フローラ(波瑠)という2人の女性をめぐる究極の選択を迫られる。 はたしてリュカの冒険の先にあるものとは……。 映画でこんなに泣いたのははじめてかもしれない 笑 公開前なので詳しくは言いませんが、ゲーム版「DQ5」を知っている人ほどグッと来ますね。 あと佐藤健さんの台詞がお芝居感強すぎなくてずっと自然で素敵だなと思ったよ。 凄まじいクオリティ…!すぎやま先生「ゲームと異なり映画の音楽を聴くのは一度だけ。 それぞれの曲の色がはっきり出るよう音楽を再編曲した」また観に行くわ僕…。 原作への忠実さを守りながら、「ビアンカなの?フローラなの?あなたにとってドラクエとは??」などの難題の数々にきっちり向き合う誠実さに惚れました。 ドラクエVが元なので幾らでも無難に作れそうなのに、 「勇者様が悪事を見て見ぬ振りするレベルであえない」と観客が怒り狂うか 「ゲマの目にも涙」ぐらい感動するか「ステテコパンツ装備しているサンチョ」ぐらい無になるか、 賛否両論上等の映画だった。 映像表現、音楽は良かった。 けど… ドラクエ5と思って観てると、最後の最後に激萎えすることになるので要注意。 タイトルの意味ってそういうことだったのね。 最後までドラクエを見せて欲しかった。 ユア・ストーリー? 糞食らえ。 3DCGでもちゃんとドラクエ感があって映像は見事だった。 でもオチがひどい。 プロット段階で止めろよこんなの。 終盤の展開とサブタイトルのユア・ストーリーが出たところはマジで号泣。 そうだよ、まさにこれは俺達の、オタクの物語だよ。 ストーリーは相当駆け足でした。 ドラクエ5未プレイの人にどう映るか。 音楽は当然最高で5以外も結構ありました。 数々の名場面に懐かしさを感じました。 フローラ派だったのですが、今回の映画を見てビアンカ派に変化。 そんな門外漢でも分かる問題作。 でも個人的には面白く観ることができた。 終盤の展開に口あんぐり。 最近観たどの映画よりも驚いたかも。 ビアンカ可愛い。 クールに言っちゃうと、アレだしな。 まぁでも面白かった。 ただなんか昔のドラクエ小説の人が訴えたっていうの見てゲンナリ。 てか色んな制約とか古くからのしがらみなんかを全て 上手く纏めた作品なんじゃないかと思いました。 オリジナルな展開あり、原作を知ってる人はおおお!となる場面も多数あり、 とっても楽しかった…最後の展開でちょっとびっくりしたけど! ユアストーリーの意味理解です。 女の子達可愛すぎてニヤニヤしてた。 開始1分もしないで思わず泣いたし、 懐かしさとかいろんな感情が溢れてきて語彙力失った。 演出も素晴らしかったし何よりタイトルの意味が分かった時 とてもエモい感情に浸れた。 1度でいいからほんとに見て欲しい、あれは見るべき。 開始1分もしないで思わず泣いたし、 懐かしさとかいろんな感情が溢れてきて語彙力失った。 演出も素晴らしかったし何より タイトルの意味が分かった時とてもエモい感情に浸れた。 泣ける。 ラストは賛否両論だろうけどユアストーリーだからこれでよかったと思う。 とにかくエモかった。 最高や。 少し山をやった経験のある人ならばそんなアホな!って突っ込みが炸裂してしまう。 パロディ映画だ。 確実に言... 敵が必要以上に大きすぎ。 その1人の敵に対して、主人公のルフィ1人ではなく、海軍、... 設定等は過去のアニメ プラ... これで高評価の口コミばかりでサクラどんだけ使ってるのか... にも20代にも40代にもちゃんと見える!」「村川絵梨さんと平原テツさんが切なくて苦しい!」「頭の中で物語を組み立ながら、演技に引き込まれながらの150分! ….

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【ドラクエ映画】ドラゴンクエスト ユア・ストーリー感想【ネタバレ】

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内容 :少年リュカは父パパスと旅を続けていた。 その目的は、ゲマ率いる魔物たちに連れ去られた母を取り戻すこと。 旅の道中、遂にゲマと遭遇し、魔物たちと激しい戦いを繰り広げるパパス。 故郷に戻ったリュカは「天空のつるぎと勇者を探し出せば、母を救うことができる」というパパスの日記を発見する。 父の遺志を受け継ぎ、リュカは再び冒険の旅にでることに。 立ちはだかるいくつもの試練、そしてビアンカとフローラ、2人の女性をめぐる究極の選択。 果たして冒険の先に待ち受けるものとは!?• 原作タイトル: ドラゴンクエスト ユア・ストーリー• 発売日: 2019-08-02• ジャンル: アドベンチャー,アニメーション,ファンタジー• ビデオ品質: 4K ULTRA HD FULL HD 1080p 720p SD [オンラインで見ます] ドラゴンクエスト ユア・ストーリー (2019)#ドラゴンクエスト ユア・ストーリー で映画をオンラインで無料で見る[MEGA-Videa]ダウンロードドラゴンクエスト ユア・ストーリー (2019)英語の映画オンライン 映画を見るドラゴンクエスト ユア・ストーリー無料でダウンロードできるHD. 1080pのオンライン2019、ドラゴンクエスト ユア・ストーリーオンラインのHD品質を見る, オンラインで見る ドラゴンクエスト ユア・ストーリー Uptobox, オンラインで見るドラゴンクエスト ユア・ストーリー torrent, オンラインで見るドラゴンクエスト ユア・ストーリー DVDRip, オンラインで見るドラゴンクエスト ユア・ストーリー MEGA-HD, ダウンロードドラゴンクエスト ユア・ストーリー DVDRip, ダウンロードドラゴンクエスト ユア・ストーリー Torrent 1080p. Tag :• ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 無料でダウンロードする,• ドラゴンクエスト ユア・ストーリー フルイングリッシュフルムービー,• ドラゴンクエスト ユア・ストーリー フルムービー,• ドラゴンクエスト ユア・ストーリー フルムービー4K,• ドラゴンクエスト ユア・ストーリー フルフィルムオンライン,• ドラゴンクエスト ユア・ストーリー フルムービー無料ダウンロード,• 見る ドラゴンクエスト ユア・ストーリー オンライン無料,• 見る ドラゴンクエスト ユア・ストーリー フルムービー英語SUB,• 見る ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 完全な映画のサブタイトル,• 見る ドラゴンクエスト ユア・ストーリー フルムービーオンライン,• 見る ドラゴンクエスト ユア・ストーリー ダウンロードするフルムービー,• ダウンロード ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 映画HDRip,• ダウンロード ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 映画DVDRip.

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